「日本で技術開発して成功しているケースはニッチなものが多い。事業はほとんど海外に持って行かれてしまっている。この曲がる太陽電池をモデルにして新しい資本主義の戦い方をしていきたいのです」
そう語るのは、積水化学のR&Dセンター ペロブスカイト太陽電池グループの森田健晴グループ長だ。
積水化学工業 R&Dセンター ペロブスカイト太陽電池グループ 森田健晴グループ長
「曲がる太陽電池」は、「フィルム型ペロブスカイト太陽電池」を指す。いま主流のシリコン製太陽光パネルと比べて重さは10分の1程度と軽く、厚みは20分の1程度と薄く、折り曲げやすいのが特長だ。ただ水分に弱く耐久性に課題があった。積水化学は液晶向け封止材などの技術を応用し、液体や気体が内部に入り込まないように工夫をし、10年相当の耐久性を実現させ話題を集めている。
積水化学が推進するフィルム型ペロブスカイト太陽電池はどのように生まれ、社会にどのような影響を与えていくのだろうか。森田らの話から読み解いていこう。
積水化学のノウハウがフィルム型ペロブスカイト太陽電池に生かされる
ペロブスカイトは灰チタン石といわれる酸化鉱物の一種だ。レアメタルを必要とせず、主要な原料はヨウ素で、ペロブスカイトの結晶構造「ペロブスカイト構造」を作る化学物質の組み合わせや構成比は100種類以上あるといわれる。日本のヨウ素生産量は実はチリに次ぎ世界第2位で、エネルギーの安全保障という面でも注目されている。
有機物を含むペロブスカイト結晶は、これまで電力を光へ変換する発光材料として研究が行われてきましたが、日本の研究グループがこれを反対にし、光を電力に変換することに成功、太陽電池に使うことを可能にした。ペロブスカイト太陽電池は、この発電材料を使いフィルムなどの基板に塗布するなどしてつくるため、薄くて軽く柔軟性を持たせることができる。
森田の下で技術責任を担う早川明伸開発チーム長は次のように話す。
「私たちは2013年ごろからペロブスカイト太陽電池に関する技術探索を開始しました。フィルム型ペロブスカイト太陽電池に必要とされる封止技術、成膜技術において、それぞれ液晶向けの封止材や合わせガラス用中間膜で世界シェアトップであるため、その開発・製造技術が活きると考えたのです」
積水化学工業 R&Dセンター ペロブスカイト太陽電池グループ 早川明伸開発チーム長
技術探索を開始したころ、別の太陽電池とどちらの開発を進めるかの選択が必要だったという。ペロブスカイト太陽電池は発電効率が高い。しかし、耐久性に課題があった。この耐久性について自社が持つ封止技術を使うことで解決できるのではないかと考え、ペロブスカイト太陽電池を選んだという。
さらに探っていく中で積水化学のこれまでのノウハウを多く活かせることも分かってきた。例えば非常に多くの材料を組み合わせるペロブスカイト太陽電池の開発に同社の材料開発技術が、ロール・ツー・ロール生産を実現するために精密塗工などのプロセス技術が活かされている。
「実用化にあたっては建築物への設置が必要になります。積水化学には住宅事業が存在し、そのノウハウを活かせます。また、当初の製品展開先として規模の大きな公共建築物を想定しており、そこについても積水化学の環境ライフラインカンパニーが培ってきた公共インフラとのつながりが活かされています。まさに当社の強みがすべて詰まった製品です」
強みの「封止技術」で弱点の「水の浸入」を防ぐ
積水化学のフィルム型ペロブスカイト太陽電池の取り組みは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業に採択されている。NEDOは、産業技術やエネルギー・環境技術に関する研究開発プロジェクトのマネジメントを主な業務とする。日本の産業競争力の源泉となる産業技術について、その研究開発を産学官の総力を結集し、新技術の市場化を目指す。
「グリーンイノベーション基金事業は、国が掲げる2050年カーボンニュートラルに向けて、10年間で2兆円規模の基金をNEDOに造成し、産学官で野心的かつ具体的な目標を共有した上で、これを経営課題として取り組む企業などに対して社会実装まで継続的に支援していく取り組みです」
そう話すのはNEDOの新エネルギー部の山田宏之部長(博士(工学))だ。
NEDO新エネルギー部 山田宏之部長(博士(工学))
「研究開発のみを支援するための基金ではなく、研究を通じて事業変革を行い、競争力を得ていこうという企業などを後押ししていくものです」
積水化学はグリーンイノベーション基金事業の中にある「次世代型太陽電池実用化事業」で選ばれている。
「従来のシリコン製太陽光パネルは約9割が中国で作られています。日本が競争力を得るためにはそれらとは異なるアプローチが必要となる。フィルム型ペロブスカイト太陽電池は、従来のものとは異なり軽くて曲げやすいという特徴から新しい市場を開拓できると期待され、グリーンイノベーション基金事業として取り組むプロジェクトの中で採択されました。積水化学は、国・NEDOがフィルム型ペロブスカイト太陽電池の開発を推進するというメッセージを出す前から、その開発を進めていました。過去のNEDOプロジェクトでも封止材の開発に取り組むなど、フィルム型ペロブスカイト太陽電池の課題である耐久性を高める上で重要なファクターである封止技術、ノウハウも豊富に蓄積されています。こうした実績が評価され、私どもも応援させてもらっています」
積水化学のフィルム型ペロブスカイト太陽電池の厚さは全体で1mmほど。厚みのほとんどはバックシートとバリアフィルムで、基材が100ミクロン、ペロブスカイトの発電層はわずか1ミクロンしかない。この厚さ1mmの中に真空成膜や切削加工、精密塗工の他、いわゆる接着剤のような役割を果たす封止技術も取り入れ、水の浸入を防ぐ。
森田はNEDOにグリーンイノベーション基金事業として採択されたおかげで、社内でも動きやすくなったと話す。「当初『なぜいまさら太陽電池なのか』という声は社内にもありました。採択されたことで、考えは間違っていなかった証左にもなり、研究開発がしやすくなったように思えます」
早川も「当時、この技術ができたら事業化できるというテーマがなかった。つまり頑張っても売れない。それよりは自分の努力が反映される仕事をしたいと新しいテーマを探していた時に、大学時代に有機太陽電池で論文を書いていたことを思い出した。そこで自分にしかできないことを、ここでやろうとペロブスカイト太陽電池に目を向けました」と振り返る。
当初は森田と早川だけの取り組みで、その後に宇野智仁が新入社員として入ってきた。宇野は積水化学のインターンシップをきっかけに入社した。森田と早川が宇野のインターンシップについて教えてくれた。
積水化学工業 R&Dセンター ペロブスカイト太陽電池グループ 宇野智仁マーケティングチーム長
「宇野は当社のインターンシップで別の太陽電池系の取り組みで耐久性を高める封止の方法について実験をしていた。最後、学生たちが作ったものを耐久性の試験に仕込んでみたら、宇野のものだけが耐久実験に最後まで耐えました。それで入社してすぐチームに引っ張ってきたんです」
宇野は積水化学に入り「上司部下の関係が先輩後輩くらいの間柄なのかと思うくらいフランクだった」と話す。「忖度なし、で言いたいことが言い合える。ここなら研究に取り組めると思った」
曲面も含め様々な場所で設置可能に、再生可能エネルギーの普及を拡大
ペロブスカイト太陽電池は、一般的に次の4つの特徴が挙げられている。
(1)軽量で柔軟性があるため設置場所が広がる
(2)ヨウ素などの国産原料で生産が可能
(3)室内光など低照度でも発電可能
(4)ロール・ツー・ロールにより安価に生産できる
積水化学が開発を進めるフィルム型ペロブスカイト太陽電池は、この中で特に(1)(2)に強みを持つ。
「開発目的は、2050年のカーボンニュートラルにいかに貢献するか。この社会課題に対して、エネルギー変換に有利である屋外(日なた)での利用を中心に開発しています。(3)の低照度向けには、その環境に合うように調整されたペロブスカイト太陽電池が必要ですが、そこで発電できる電力はかなり少ないため、現状ではコストが合いません。(4)は耐久性を高めるためのコストは、まだ大量生産段階ではないために現状では安価とはなりませんが、今後、設置費用・発電効率などを含めて、シリコン太陽電池並みの発電コストとなるように開発を進めています」と森田らは話す。「量産化が進んで安価に生産できる可能性は充分にあり、またそれにより屋外用だけではなく屋内用まで用途が広がる可能性はありますが、(1)から(4)がすぐに実用化するわけではありません」
従来のシリコン系太陽電池は、重量や形状から平坦で広大な土地や耐荷重の大きい建物の屋根などに設置場所が限られており、山地が2/3を占める日本では限界がある。そして、大規模な発電設備を設けるのが難しい都心の施設では、再生可能エネルギーを利用するためにオフサイトPPAや自己託送制度を活用しており、電力の購入コストと送電負荷によるエネルギーロスが課題になっている。
「私たちのフィルム型ペロブスカイト太陽電池は、『軽く、フレキシブル』である特徴から、耐荷重のない屋根やビルなどの外壁、車体や煙突などの曲面といった様々な場所を設置可能とすることで、再生可能エネルギーの普及を拡大させることに貢献できると思います」
現在は、屋外耐久性において10年相当を確認し、30cm幅のロール・ツー・ロール製造プロセスを構築しているという。さらに同製造プロセスによる、発電効率15.0%のフィルム型ペロブスカイト太陽電池の製造にも成功した。
ペロブスカイト太陽電池のロール・ツー・ロール生産。積水化学独自のプロセス技術が活かされている
「現在、汎用幅と想定している1m幅での製造プロセスの確立、耐久性や発電効率のさらなる向上など、まだ多くの課題が残されています。こうした課題に対し、NEDOのグリーンイノベーション基金コンソーシアムの中で、東京大学・九州大学・京都大学と共に高効率化と耐久性の両立を、立命館大学・神奈川県立産業技術総合研究所とは、耐久性加速係数の獲得などに挑んでいます。また、当社の他、ペロブスカイト太陽電池を開発する他社と共に、産業技術総合研究所が持つ共通基盤技術を活用させていただいています」
こうした取り組みと並行して、設置手法や施工方法の確立に向けて、JR西日本「うめきた(大阪)駅」、東京都下水道局森ヶ崎水再生センター、JERA火力発電所(横須賀、鹿島)、NTTデータ「NTT品川TWINSデータ棟」など、パートナーと連携して社会実装に向けて実証を進めている。
3人は情報交換をこまめにしているという。
こうした各パートナーと組む社会実装にあたりマーケティングの必要性を感じ、2022年から宇野が担当するようになった。「技術がわかる人間でないとマーケティング活動そのものができないため、大変だとは思いましたがチャレンジする機会と捉えました」と話す。
「新しい資本主義」におけるモデルケースにしていきたい
ペロブスカイト太陽電池は世界でも注目を集めている。その現状について、NEDOの山田部長は次のように話す。
「ペロブスカイト太陽電池は世界中で日々新しい知見が見出されています。日本発信で始まったペロブスカイト太陽電池ですが、現在は開発競争が世界で行われています。今はどの分野においても開発テクノロジーが進化し、開発スピードは速くなってきています。日本の企業がそのスピードに追いつき追い越せるような支援をしていきたいと考えています」
様々な研究開発マネジメントを手がけている同氏のモチベーション。その源泉はどこにあるのだろうか。
「私はもともと新エネルギーに興味を持っていて、昔からエネルギー問題が解決すれば争い事はなくなるのではないかという思いがありました。一次エネルギーはエネルギーの出発点、すべてに影響を及ぼし、大きな作用を期待できるのでワクワクしています」
NEDOの山田宏之部長も積水化学工業の取り組みに期待を寄せる
森田もNEDOに出向していたことがあり、山田部長を「日本の再生可能エネルギーの開発を引っ張ってくれる方」と評す。「当社を含めた日本企業が世界のトップ集団でこられたのは国の支援が大きいです。特にカーボンニュートラル実現を目指す取り組みにおいては、NEDOがグリーンイノベーション基金をもとに、研究開発から社会実装までをサポートしてくれる体制を整えてくれているからです。世界が国を挙げて開発競争を繰り広げる中で、産学官一体となって取り組んでいきたいと思います」
一般的なシリコン太陽電池の累積市場規模は国内で約70ギガワット。ペロブスカイト太陽電池の潜在市場規模は、国内だけでもその1.5~2倍程度、世界にはその10倍以上の市場が見込まれているという。
森田は「日本発信の技術開発を事業化に結びつけて、国が示す新しい資本主義、すなわち技術やイノベーションで社会課題を解決しながら、日本が成長していくという戦い方のモデルケースにしていきたいと考えています。やらなくてはいけないことは、まだまだある。メンバーはもちろん、社内外の仲間も巻き込んで取り組んでいきます」と笑った。
積水化学は環境省が設立した脱炭素化支援機構にも出資している。いわば脱炭素社会の実現に向けた先端技術の発展・普及を自社の枠組みを超えて取り組んでいるのだ。8月31日には、経産省が「次世代型太陽電池の早期社会実装に向けた追加的取り組み」として、実証フェーズを含んだ150億円の新たな公募を公表した。注目が高まるなか、森田たちの取り組みが世界のエネルギー課題を解決し、新しい世界を見せてくれる日は近いかもしれない。
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