それらのスタッフの給与計算を一元管理するとなると、そこには「組合の問題」が立ちはだかる。今回はその問題を乗り越えて効率的なプラットフォームを開発し、最近2,000万ドルの資金調達を実現したWrapbookを取り上げたい。
このスタートアップが運営するのは映画・ドラマ・CM・ミュージックビデオなどのコンテンツ制作会社向け給与計算プラットフォームである。
必要書類の提出状況もモニタリング
Wrapbookのプラットフォームは、エンターテインメント業界のスタッフ雇用から彼らに対する給与支払いにまで対応。ユーザーは数回クリックするだけで、Eメールを通知してスタッフをプロジェクトに招待できる。しかし、これだけでは雇用契約を締結することはできない。採用の際、アメリカでは雇用者と被雇用者との契約書のほか、フォームW-4(源泉徴収証明書)やI-9(従業員就労資格確認書)の提出が必要だ。これらは在住国に関係なく、必ず提出しなければならない。
Wrapbookのプラットフォームでは、こうした各書類の提出状況を表示する機能も設けられている。完了したステップには緑のチェックマーク、未完了のステップには赤の「x」マークが付き「誰が書類を提出していないか」が一目瞭然となる。
少額経費の追跡も
スタッフへの必要経費として、少額の費用をプラットフォーム上で送信する機能も有し、iOSアプリを使用して、スタッフがどこからでも領収書を記録できるようにしている。スタッフへの給与額も合わせて、映画・ドラマ制作にかかるコストを一括管理できる設計だ。Hot Budget、Movie Magic Budgeting、Showbiz Budgetingといったほかのエンターテインメント業界向け予算管理プラットフォームの情報を反映することも可能。予算をインポートするだけでWrapbookのダッシュボード上に給与、注文書、小口現金の各取引がリアルタイムで表示される。
労使協議の専門家がチェック
ハリウッドにはさまざまな組合とその関係者が存在する。たとえばSAG-AFTRA(映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟)、DGA(全米監督組合)、IATSE(国際映画劇場労働組合)などは日本でもよく知られている組合である。去年、映像作品のAIの利用や報酬の引き上げなどを巡って大規模ストライキを起こしたのはSAG-AFTRAだ(参照:NHKニュース)。有名俳優もこうした組合に加入しているため、映画配給会社は報酬に関する彼らの意向を無視することはできない。
そんななかWrapbookでは、組合との取り決めに応じた報酬を支払う取り組みを行っている。給与計算の専門家によって設計されたWrapbookの給与計算エンジンにより、多数の組合協定にわたる支払いプロセスを簡素化している。
例えば、SAG-AFTRAレート(特定の作品に対して出演者に支払われるべき最低金額)に準拠した給与の見積もりが可能だ。SAGレートは多くの場合、プロジェクトの種類、予算の制約、配給計画によって決まるため料金の計算が難しいのだが、Wrapbookでは出演者のタイムカード情報をもとに、給与を自動的にリアルタイムで計算する仕組みであるため安心だ。なおSAG-AFTRAのほかにもDGA、IATSE、Teamstersの給与計算もサポートしている。
さらに、Wrapbookの給与計算は労使担当者がチェックしているため、正確性・信頼性が期待できる。Wrapbookの公式サイトで発表されている労使担当の専門家は4人。いずれもエンターテインメント業界での契約交渉分野に長年携わっている人物たちのようだ。
2,000万ドルの資金調達を完了
Wrapbookは2021年にシリーズBラウンドで1億ドルの資金調達に成功した。現時点で1,000社以上の映像制作関連企業と契約しており、17万5,000人以上のスタッフのプロファイルがプラットフォームに掲載されている。そんな同社は今年9月、2,000万ドルの資金調達を完了した旨をブログで公表した。出資者はBessemer Venture Partners。これにより、同社の企業価値は7億5,000万ドルになった。
今回の資金調達ラウンドは企業の成長だけを目的としたものではなく、エンパワーメントを目的としたものだという。Wrapbookは二次公開買い付けを実施し、条件を満たしたWrapbookの従業員が株式の一部を売却できるようにしている。これは、従業員の貢献を認め、製品と同様に従業員を大切にする会社を築くという取り組みを強化するための方法だとWrapbookは語る。
参考・引用元:
Wrapbook
NHKニュース
Bessemer Venture Partners
(文・澤田真一)