この「行動分析」の需要が世界的に高まっているなか、Amplitudeはいま、日本への投資を拡大している。
Amplitudeは、2019年に日本支社を設立して以来、自社ソリューションの日本語ローカライズを進めてきた。すでに日本でも大企業を顧客に持ち、今年1月にはAmplitudeの日本事業戦略を指揮するとして、仁枝かおり氏が日本カントリー・マネージャーに就任している。
9月12日の日本語リリースでは、同社プラットフォームの大幅な簡素化を発表。多数の新機能を採用し、ユーザーエクスペリエンスを強化した「Amplitude Made Easy」のリリースに合わせ、今回来日したプレジデントのThomas Hansen氏に話を伺うことができた。
同氏は2022年7月にAmplitudeのプレジデントに就任。パートナーシップやマーケティングを含む市場開拓戦略を主導し、国際的な事業拡大を担っている。
日本は「エンジニア魂のある技術中心な国」
――Amplitudeが日本市場への投資を拡大しているのはなぜでしょうか。
Hansen:私が日本市場の重要性を理解したのは、14年間務めたMicrosoft社でグローバルロールに就いていた最後の6年間でした。当時の…今もそうですが、Microsoftにとっての最大のマーケットの一つが日本だったんです。
10年前にMicrosoftを退社して以来、複数の中小企業で働いてきましたが、その間も米国以外では日本を最重要マーケットの一つとして見てきました。Amplitudeに入ってから2年半になりますが、米国以外では最重要マーケットとしてフォーカスしています。
――少子高齢化の状況、そして国際競争力の推移をみても不安を感じずにはいられませんが、日本の市場をどのようにみていますか。
Hansen:成熟度でいえば日本は非常に進んでいる最先端の国・市場です。そして何より、技術力です。経済力とイノベーション、それらの影響力という観点において日本が世界有数の大国であり続ける最大の理由は、おそらくここにあります。
日本人ではないアウトサイダーの視点からすると、日本は最先端で極めてイノベーティブな国です。細部までこだわりがあり、精細で、エンジニアリング指向といった特性とテクノロジーへの注力が、多数の日本ビジネスのイネーブラーとして機能しています。日本はとてもエンジニア魂のある技術中心な国で、極めてイノベーティブなDNAがまだまだ存在していると思いますよ。
今後、テクノロジーが果たす役割はいっそう重要になり、最終的にはAIがポジティブな形で日本に変革をもたらすはず。現在人間が行っている付加価値の低い作業の多くは、いずれはAIに任せられるようになって、高齢化が進んでも国として十分機能するでしょう。ですから、人口が若くて拡大中かどうかは私にとってはあまり重要ではないのです。
今後重要になってくるのは、テクノロジーの導入と活用により国や企業が自己のポテンシャルを最大限発揮するための努力です。日本は当社の技術や事業とパーフェクトマッチな国なんですよ。
――昨今、技術力では他国に追い抜かれてしまったとして大きな危機感を指摘する声もありますが、ポテンシャルを最大限発揮していくための努力は重要ですね。
Hansen:過去20年間にわたってグローバルな立場で世界中を旅してきた経験からすると、日本はテクノロジーの導入と活用の面で進んでいる国の一つであり、英米、オーストラリア、韓国、北欧、ベネルクスと同じカテゴリーに入る国です。
日本支社は、Amplitudeの成長戦略の一環として設立されました。ボストンのMITで共に学んだ3人の青年によって設立された当社はまだ十数年の若い企業ですが、今では世界各地に支社を構え、全世界で750人の従業員がいるグローバル企業にまで成長しました。また、3年前からNASDAQ上場企業でもあります。
上場企業として若きCEOとともに目指す目標とは
――IPOの話が出たので質問ですが、Amplitudeで達成したい目標はありますか?過去に複数の企業を上場へ導いてきたHansenさんが、上場済みのAmplitudeではどんな景色を目指すのかなと。
Hansen:事業スケーリングという私の特技を生かして、自分の入社時に2億5,000万ドルだった売り上げを10億ドルに、さらにはそれ以上に拡大するつもりです。設立者兼CEOであるSpencer Skates(以下、スペンサー)と共に、楽しみながら取り組んでいますよ。
スペンサーが彼の会社をさらなる成功へと導き、より意義のある企業に成長させるサポートをしたい、それが彼と働くうえでの私の目標です。
私がAmplitudeへの入社を決めた要因はいくつかありましたが、最大の理由はとても傑出した若者であるスペンサーと一緒に働きたいという思いだったんです。初めて会ったのは2年半前で、彼は今まだ36歳です。私はもう少し年がいっていますが(笑)。Amplitudeの卓越した製品開発・技術力と、自分の市場開拓能力は私にとって完璧な組み合わせでしたし、私たちの固い握手は長く続く確かなものになるだろうと感じました。
当時から彼は傑出した商品と技術を率いていましたが、リーダーとして、今以上に素晴らしいCEOになる手助けをしたいのです。これから先、長年にわたって一緒に仕事したいですね。
――Hansenさんがメンターというか、“お父さん”的な関係なのでしょうか。
Hansen:いえいえ(笑)、私は彼から学ぶところが多いんですよ。彼のほうも私から学んでいるでしょうし、いわば共生関係ですね。彼には彼の強みが、私には私の強みがあって、それらが重複するのではなく補い合うという非常に良い関係を築けていると思います。お互いへの信頼と敬意があるのでうまくいっています。
それと、私個人の自己中心的な理由なんですが、私は働いてないと退屈してしまうんですよ(笑)。引退するには若すぎますし。子供たちは今大学生2人と社会人1人なんですが、彼らにとってのロールモデルでもあり続けたい。勤勉さが重要であるということを今後も理解していてほしいです。
自社ソリューションの利用を大幅簡素化したAmplitude Made Easy
――先日発表された、プラットフォームの大幅な簡素化である「Amplitude Made Easy」は大きな変革だったと思います。実現までどれくらいかかったのでしょうか?
Hansen:実際のコーディング作業は今年の初めから行っていますが、「これまでとは根本的に違うものを実現しなくてはならない」と認識した時点から数えるとほぼ1年前になるでしょうか。
Amplitudeの設立当初、デジタル行動分析というカテゴリーは初期段階にあり、当社は草分け的存在でした。顧客はアーリーアダプターで、この分野や技術への精通度と習熟度が高かったのです。こうしたアーリーアダプターは、込み入った複雑なソリューションでも使いこなしていました。
ところが10年後の今、カテゴリーが成熟してくる中で当社が得た気づきなのですが、今日のユーザーにはかつてのような習熟度がない。アーリーアダプターではなく、いわば“一般ユーザー”なのです。彼らのために、より簡単なソリューションが必要だという認識に至ったんです。
たとえば、新規顧客がAmplitudeを導入する際のハードルを下げる必要がありました。Amplitude Made Easyでは、1行のコードだけでAmplitudeを導入して運用することができます。さらに、「Ask Amplitude」という機能も埋め込みました。生成AIインターフェイスに自然言語(簡単な英語)で質問することが可能です。
私自身も含め、テクノロジーに疎い人でも簡単に使いこなせるようになりました。特定のトピックについての考え方や、問題解決が簡単になったのです。
最大の難関は、変革が必要だという「気づき」を得ること
――ユーザーにまったく異なる体験を提供することを目指したそうですが、すでに業績好調で業界トップの企業にとって、こうした変革は困難ではないのでしょうか。Hansen:実際の作業自体はそこまで大変ではありませんでした。むしろ、最大の難所は「簡素化の必要がある」という結論に至ることのほうだったと思います。
「この市場はアーリーアダプターから現在のメインストリームへとシフトしたんだ」と認識して意思決定をすること。そして、「そうか、もっと簡単にしないと。顧客は技術に精通したアーリーアダプターではなくなった、それほど技術に長けていないこともあるマスマーケットになったのだ」と気づくことです。
そこで当社が見つけた方法が、ユーザーフレンドリーで使いやすく、すぐにアクセスできるAmplitudeでした。技術的な作業自体は、そこまで難しいものではなかったですね。
――こうした事業の変化について、Hansenさんはどのように捉えていますか。
Hansen:こう言うとやや月並みだとは思うんですが…テクノロジー産業に従事する者にとっては、常に変化が起きている状態がデフォルトです。競合に追い抜かれないよう進化し続けて、顧客にバリューを提供しなくてはならない。テクノロジー分野の企業がコンフォートゾーンに留まっていたら、競合に負けてしまうでしょうね。とにかく走り続けなくてはならないんです。
私はテクノロジー産業で1992年から32年間働いてきましたが、かなり序盤で学んだことの一つが、「変化を受け入れ、愛すること」の必要性でした。そもそも私の性格として、ずっと何の変化も起きないままだと退屈なんですよ(笑)。変化はエネルギーをくれるので、私には変化が必要なんです。
そもそもAmplitudeが何をしているか考えると、当社の技術によって顧客企業が「変化」することを可能にしているんですよね。その企業が自社サイトやアプリストアでどんなユーザー体験を提供しているかにかかわらず、消費者に届けているものを「変化」させるのが当社のサービスです。
DoorDashはロイヤル顧客獲得のインサイトでUberEatsh抑え米国首位に
――商品やサービスを良い方向に変化させられるためのインサイトなんですね。Hansen:たとえば、当社の初期顧客にアメリカのDoorDashがあります(Wolt親会社)。ファーストフードの宅配事業を行っています。DoorDash自体は調理は担当せず、さまざまな飲食店から依頼を受けて料理を消費者に届けるのですが、食料品やそのほかいろいろな商品も配達可能です。
彼らは早い段階から、どうしたらユーザーをロイヤル顧客にできるかについて考えていましたが、答えを出せずにいたんです。どうすればユーザーにDoorDashを繰り返し利用してもらえるでしょうか。迅速な配達、豊富なメニュー? 何だと思いますか?
――トラブルなく確実に届くこととか…配送員が良識的であるとかですか?
Hansen:今出たことは、すべて違いました。DoorDashが学んだ唯一の重要なことは、「時間に正確であること」だったんです。注文したものを「27分でお届けします」とドライバーが伝えたとしたら、それを守ることです。27分で届けると言っておいて、1時間かかってはいけない。1時間かかると言ったなら1時間で届ける正確さが重要で、所要時間それ自体は問題ではなかったのです。
それがDoorDashの得たインサイトでした。私たちはこれを「アハモーメント」(目からうろこが落ちる瞬間)と呼んでいます。当時DoorDashの国内最大の競合だったUber Eatsの方では、最重要事項は「迅速な配達」だと考えていました。それは間違いで、消費者にとって重要なのは速さではなく、配達時刻の正確な予測だったのですが。DoorDashはAmplitudeのソリューションから得たこのインサイトによって、米国最大のフードデリバリー&食料品配達プラットフォームとなったのです。
日本市場の潜在顧客へメッセージ
――デジタル行動分析によって商品やサービスだけでなく業績改善にもなるんですね。日本市場の潜在顧客に対して伝えたいことがあればお願いします。Hansen:そうですね、当社は日本市場を非常に重視しています。日本企業のデジタルトランスフォーメーションを支援し、より良い製品を開発し、顧客に提供するサービスをより効果的に収益化できるようサポートできるでしょう。
当社の専門分野はデジタル分析です。顧客の行動に関するインサイトを提供し、それに基づいて適切なアクションを取れるようにします。その過程で、より良い商品を作ってより良い顧客体験を提供することができます。
何より、テクノロジーがが快適なものとなった世界を想像してみてください。テクノロジーとは時にイライラさせられるものですよね。このストレスを減らして、テクノロジーがより快適になった世界を実現可能だと私は考えています。それこそが、Amplitudeがすべての顧客企業に対して貢献できる場所なのです。
《Thomas Hansen氏 プロフィール》
23歳で出身国デンマークを後にして以来、南アフリカやトルコ、タイ、アメリカなど世界各地を渡り歩いてきたコスモポリタン。UiPath で最高売上責任者 (CRO)、Carbon Black で最高執行責任者 (COO) を務め、DropboxやMicrosoftなどの大規模テック企業で指導的役割を担った経歴を持つ。日本を訪れるのは今回で15回目だが、一度も休暇で家族と訪れたことがない。来年の3月、桜の季節に、6か国語を操る妻と日本文化に関心のある娘2人と日本を訪れたいとのこと。
参照:Amplitude
Thomas Hansen氏LinkedIn
(取材・Techable編集部)