もちろん、単に住宅を用意するだけでは足りない。その住宅が人の住む衛生状態にあるかも厳しく問われる。より快適な公営住宅を実現するため、現地スタートアップSwitcheeは画期的な空調管理システムを開発している。
2歳児の死亡事故が浮き彫りにした「カビ問題」
本題に入る前に、2020年12月にマンチェスター近郊ロッチデールで発生した事故について触れたい。2歳のアワブ・イシャクちゃんは、寝室1部屋の公営住宅で両親と住んでいた。しかし、重度の呼吸器疾患が原因で死亡してしまう。検視官によると、疾患の原因は室内のカビに長期間接したことだという(参考:AFP)。アワブちゃんの父親が以前から公営住宅の管理者にカビ発生に関して苦情を申し立てていた事実も明らかになっている。
この事故は、2023年公表の新法「アワブ法」に直結する。公営住宅の管理者に対して、物件内に湿気やカビが見受けられた場合、定められた期限内に調査・修理することを義務付ける内容だ。ロンドン市長サディク・カーン氏は、今年4月にロンドン市内の公営住宅に対するカビ検知器の設置を約束している(参考:Daily Mail)。なお、カーン氏自身もパキスタン移民の労働者の息子で、少年時代は公営集合住宅住まいだった。
コントロールデバイスとアプリで空調操作
そうした背景を念頭に置きつつ、Switcheeの業務内容について説明したい。Switcheeが開発・提供するのは住宅管理者向けの環境モニタリングプラットフォームと、入居者向けのタッチスクリーン搭載コントロールデバイスだ。このデバイスにつながる一連の設備には気温、湿度、気圧、外からの光の量を測定するセンサーが用意され、それらの情報がデバイスのみならず、住宅管理者が閲覧する画面にも表示される仕組みである。
なお、入居者に対しては専用アプリも用意され、いつでも自室の状態を閲覧・操作できる仕組みも整えている。つまり、公営住宅や賃貸住宅をまるごとIoT化しようという取り組みをSwitcheeは実施しているのだ。
アンケート機能も搭載
Switcheeのデバイスには、住宅管理者からのアンケート調査を表示する機能も備わっている。今の住宅には満足しているのか、あるいはどこか不満なところはあるのか。そうした意見を集計するための装置としても、このデバイスは大活躍する。こうしたことを定期的にしておけば、上述のアワブちゃんの父親のような「苦情を申し入れても聞いてくれなかった」というような事態は避けられるはずだ。
また、公営住宅をIoT化することにより、余計なエネルギー消費を抑えられる。ウクライナ戦争以来、エネルギー価格は右肩上がりで、可処分所得に余裕のない労働者はそれを少しでもセーブしようとし、空調を長時間オフにしてしまう。それがカビの発生につながっているという側面もあるが、SwitcheeのIoTシステムにより「より効率的な空調のオン・オフ」が実現するのだ。
天井の崩落に気づいたSwitcheeのシステム
さらに、このシステムは「部屋の異常」の検知にも一役買っている。The Guardianの記事によると、Switcheeのシステムが寝室の天井が崩落した湿気の多い住宅を特定したという。この部屋に住んでいたシングルマザーは、前の住居で理不尽な立ち退きを強いられていたため、苦情を言うことができなかったとのこと。
住宅のIoT化により情報が「見える化」されるため、管理者は不都合な事実を隠蔽することができなくなるのだ。
500万ポンドの資金調達に成功
そんなSwitcheeは7月、既存投資家のAXA IM Altsと新規投資家のOctopus Venturesから500万ポンドの資金を調達した。2015年の会社設立から、これまでに3万5,000台のデバイスを提供してきたSwitchee。今後は5年から10年以内に100万世帯にシステムとデバイスを普及させる計画を立てているという(参考:The Guardian)。
労働者の生活の基盤である公営住宅の長足進化は、結果として都市環境の再構築につながっていくことも期待される。
参考・引用元:
Switchee
The Guardian
AFP
Daily Mail
(文・澤田 真一)