ここ最近、カーボンオフセット市場の正当性や透明性をブロックチェーンなどの分散型技術で担保するというトレンドが広がっているのだ。なかでもEaaS.Globalが本社を置くエストニアは同分野で注目を集めつつある国。Solid WorldはMaster Cardを含むパートナー企業を有し、Carbontribeには東京電力と中央電力の合弁会社CGCも出資している。
誕生間もないこの市場で、さらなる信頼性と有効性の実現に必要となるのが法的枠組みだが、Eaas.Globalはその点で競合の一歩先を行く存在だ。同社CEOのGregory Krzeszkowski氏が、京都でのイベント後の帰国当日に、Techable運営元・PR TIMESのオフィスを訪れてくれた。
*企業などが行う大規模な「カーボンオフセット」に対し、より小規模かつ個人レベルで実行できる「カーボンマイクロオフセット」は、日常的な活動を通じてCO2排出量を相殺する取り組みのこと。
「Web3×カーボンクレジット」+法的枠組みで一歩先を行くEaaS.Global
EaaS.Globalは2020年設立のデータカンパニー。2021年に1週間で110万ドルを調達し、これまでの自己資金調達額は100万ドル以上。現在の従業員は約40人で、EU27か国、アジアでは日本・中国・韓国で事業を展開している。同社のカーボンクレジットアプリのクローズドベータ版には、2000人のテスターが参加した。ところで、当社が来客にお出しする飲料水はペットボトル入りである。日本のペットボトルリサイクル率は高いとはいえ、「環境に配慮したハイテク企業」のCEOに差し出していいものかどうか、若干の懸念があった。しかし、水の前に名刺を出した時点でGregoryさんから「私は名刺を持っていないんです、木を守らないと」と言われてしまう事態に。
続いて、どきどきしながらペットボトルの水を出すと、7月3日にEUで施行されたばかりのペットボトル規制の問題点についてインタビュー開始前から熱く語ってくれた。
キャップ一体型を義務付けるEUのペットボトル規制や紙製ストロー採用などの取り組みは、環境には配慮していても人々のQOL向上にはならない、と指摘するGregoryさん。日本での事業展開目標、アジアの中でも特に日本市場を重視する理由や、今後の予定について話を聞いた。
ゲーム感覚でタスクを完了、クレジットや報酬を獲得
――ウェブサイトからアプリをインストールしようとしたのですがリンクがまだ無効でした(8月現在はApp Storeで入手可能)。Gregory:アプリの正式ローンチはもう間もなくで、(日本での)大規模パートナーシップ締結とタイミングを合わせる予定です。実際に画面をお見せしましょう。
基本的には、ゲーミフィケーションを活用したタスク管理アプリです。CO2排出削減のために毎日やるべきタスクが表示されるので、完了したらチェックを入れていきます。操作は簡単で、何度もタップする必要はありません。今日どれだけキャプチャできたのか、報酬獲得までの進捗などが分かります。「電力消費のスケジューリング」などのレッスンを受講することでもCO2をキャプチャして報酬を得ることができます。
個人ユーザーの場合は、獲得した報酬を寄付することも可能ですが、ユーザーが企業の従業員である場合、報酬は企業のものなので企業が従業員に報酬を付与します。
たとえばタクシーではなくバスや自転車で通勤すると、アプリがそれを測定して報酬が与えられます。ここで重要なのは、B2Bケースの場合にはチームで協力して目標を達成できる点です。「自転車で60キロメートル移動する」のような、1人では達成が難しい目標でも、4人で分担すれば1人15キロで済みますし、20人でやればはるかに楽になります。
つまり、コミュニティとしての努力、社会的な取り組みということです。「自分だけ頑張っても何も変わらない」と考えてしまいがちですが、それは違うんですね。1人1人が重要な存在であって、変える力を持っています。
――実際にアプリを使用するのは、一般消費者と顧客企業の従業員なんですね。
Gregory:アーリーアクセスは少数ユーザーに限定されますが、エンドユーザーは一般消費者と顧客企業従業員の両方です。B2Bケースでは、顧客企業の従業員がアプリをインストールします。企業は炭素排出量を削減できるし、エネルギー効率も改善されます。炭素排出の追跡やレポートも簡単になります。
さらに、アプリで収集されたデータを利用して高付加価値のカーボンクレジットが作成されます。企業はそこから利益を得られるのです。B2B市場は税制上の優遇措置があるので規模が大きいですね。
一方、非中央集権型Web3分野におけるカーボンクレジット市場は普通はB2Cではないので、一般消費者には販売されていません。ですが、一般消費者がこのアプリを使えば、「企業だけでなく社会全体がベネフィットを得る方法」について貴重なデータを提供してくれます。そのための報酬システムです。
カーボンクレジットの地域価格差に見る裁定取引の可能性
――このプラットフォームから、EaaS.Globalはどうやって利益を得るのですか?Gregory:データを収集してカーボンクレジットを生成し、その収益を元にB2B取引または取引所などの公開市場でオフセットを創出します。当社はブロックチェーン技術を活用することで、かなりのトラクションを獲得しました。「口約束」に近い従来のカーボンオフセットとは対照的に、当社のオフセットは信頼性が高く検証可能なデータに基づいているからです。
カーボンクレジットの需要および価格は、国ごとに大きく異なります。たとえば1キロ分のカーボンクレジット価格は中国で5ドル、韓国で10ドル、日本では高くて40ドルですが、ヨーロッパでは200ドルにもなるんです。私たちは、世界で高く評価されているESG目標と、より低価格のカーボンクレジットがある地域のユーザーからのマイクロオフセットデータを結びつけることで、裁定取引の可能性があると見ています。これにより、特定の市場において他のカーボンクレジットよりも価値の高いカーボンクレジットを創出することができます。
――「裁定取引」は分かるのですが、このフレームワーク全体は何がきっかけで思い付いたのでしょう?
Gregory:私は、環境保護の取り組みは「宣伝広告」に似ていると考えています。トレンドとライフスタイルを作り出すという意味で。街中でよく見かけるランナーたちのような、高い環境・健康意識を共有するコミュニティを作りたいというか…エシカル消費層ですね。たとえば、セレブに人気のFIJI Waterは、環境保護へのコミットを謳っています。一部の消費者は、こうした商品を購入することで生き方や価値観を表明しているのです。
R&Dと技術革新に4年を費やして構築した当社のEaaSプラットフォームは、人間・法的枠組み・ブロックチェーンやAIなどの技術・データセットといった要素を結び付けるデータフレームワークです。
何より重要なのは戦略です。当社は、AIテクノロジー中心の戦略から人間中心の戦略にシフトしました。人間中心戦略こそが、人類が生き延びるための唯一の道筋だからです。AIは生き残る力を与えてくれません。テクノロジーだけが残ったとしても、人間が存在していなければ無意味ですよね。
新しい時代のグローバルな考え方をするなら、テクノロジーは極力目立たない存在であるべきです。AIは確かに目覚ましい技術ですが、未来を創る役割を任せてはいけません。未来を創るのは私やあなたのような人間です。AIやロボットがやるべき仕事は掃除洗濯、皿洗いですよ。
技術開発するうえでは、あくまで人間を中心に置くことが重要です。暗号通貨やブロックチェーンなどのテクノロジーは、その後景でツールとして人間に仕えればいい。テクノロジーはあくまで実現手段。目的や原動力になってはいけません。目標は充実した幸福な生活の実現であり、そのためには健全で安定した予測可能な環境が必要なんです。
「予測可能」といっても、津波などの差し迫った災害を予見するという意味ではありません。今から津波が来ると分かっていても、被害を防ぐのは困難ですよね。これに対して気候変動については、どんな行動を取ればその影響を防止・軽減できるのか予測可能です。ただし、これを実現できるのはテクノロジー単体ではなく、人間の意志と行動です。
当社のサービスは利益追求モデルというより、生活を変えることを重視しています。今の資本主義は自己中心的で、「経済的に成功していなくては」というプレッシャーを誰もが抱えています。でも人間は独りで幸せになっても仕方がない、みなと一緒だからこそ幸せになれるんです。
技術中心ではなく「人間中心」の日本、有望な日本市場
――アジアの事業展開で日本を選んだ理由は何だったのでしょうか。Gregory:日本はアジアで最も「人間中心」な場所だからです。現在、技術の進歩はAIが推進していますが、このAI変革を人間主導で進めているのは日本だけだと思います。サステナビリティおよび環境保護の取り組みとしてのカーボンクレジットは、テクノロジー主導ではなく人間の需要やバリューが導く「人間中心」であるべき。ですから、アジア事業を始める拠点として日本は理想的な場所なんです。
特に日本の人々は基本的に、今の生活と環境の両方を維持したいと考えています。当社アプリのベータ版でテスターになってくれた、日本人ユーザーたちの動機はお金ではなく環境保護意識でした。日本ユーザーはアプリで得た報酬を金銭として受け取るのではなく、森林や野生生物保護のために寄付していたんです。変化を起こすうえで重要なファクターはお金ではなく、ウェルビーイングと平和です。この点では、日本は従来のようにアジア全体のインフルエンサーになるでしょう。
――日本人の環境意識って高い方だったんですね。あまり実感がありませんでした…
Gregory:カーボンオフセットは国や企業にとって競争手段になっています。拘束力のある規制が敷かれているので、選択肢はありません。安価な人件費ではなく、環境へのインパクトを競い合う時代です。日本のエネルギー効率は、EUや韓国、中国、アメリカを上回っていると認識しています。
ESG対応やカーボンクレジットという技術の進化に伴い、エアコンや冷蔵庫など家電の省エネ化が義務化されていますが、日本はこの分野で大きな進歩を遂げています。日本のインフラは原子力と太陽光、風力発電を組み合わせた強固なものです。一方で、中国は石炭を使う火力発電所を新設している状況です。
――日本市場は有望ということですか?
Gregory:はい。今は円安ですし日本経済は鈍化してはいますが、人々の生活水準は高いところで安定していて、社会的価値観もしっかりしています。日本で事業を始める理由は経済状況ではなく、環境保護やサステナビリティといった「資本主義モデル」以外の側面が第一の重要なファクターです。
カーボンクレジットは、ソーシャルクレジットや競合ツール、環境税として使えるほか、特に輸出やイノベーションの分野で活躍します。当社のトラクションおよび追跡技術があれば、日本企業はさらなる付加価値が得られます。時間給だけの競争は終わり、効率と環境へのインパクトを競う時代です。ESG指標には現在、基礎的な財務報告書とESG報告書のほかにカーボンクレジットも含まれるようになりました。こうした付加価値によって企業の成熟度が評価されます。
まもなく発表予定ですが、日本のある「スマートシティ」とのパートナーシップでは、当社のEaaSプラットフォームが住民や企業従業員それぞれのオフセット効果を追跡します。量子コンピューターの予測に基づき、人々にアドバイスが提供されます。それに沿って環境に配慮した行動を行うと、報酬が得られるというシステムです。
環境へのインパクトを測定するのは比較的簡単なんですよ。重要なのは、「予測」まで行って間違った方向へ進まないよう維持すること。測定・予測は量子コンピューターとAIで行いますが、データは日本にとどまり、データ所有者は日本人のままです。当社は某有名企業のようにデータを移動させません(笑)。
「ZK技術」活用で分散化を推進、データ所有権はそのままに
――それが、プライバシー保護と自己主権性を実現する「非中央集権化」ですか?Gregory:その一部ですね。非中央集権化は、あらゆる企業・個人にとって重要です。データとは、インターネット上にだけ存在するデジタル情報ではありません。人間の脳内での化学反応や量子計算を考えたら、私たちはみんなデータです。人間の行動、生き方、どんな習慣を持っているのか。これらすべてがデータであり、重要です。
当社は分散化を推進するために、監視・把握しない「ZK(ゼロ知識証明)技術」を活用しています。「zkPass」などのZK技術のおかげで情報の所有権を大企業にわたすことなく、特定個人の人生をサンプリングすることができます。
――量子コンピューターはともかく生成AIは消費エネルギーが大きいと思いますが、環境への配慮と両立しますか?
Gregory:生成AIは確かにそうですね。現在の生成AIは機械学習に基づくもの。NVIDIAやOpenAIがベースにしている古いモデルは、「人間中心」ではありません。人間から情報を集めたものです。生成AIは人間に与えられた既存・過去の情報を材料にして、模倣と複製を行っているに過ぎません。
これまでのモデルは、集約的なデータに依拠して将来のトレンドなどを予測分析するデータ駆動型です。生成AIの大規模モデルが学習するには、大量のデータが必要ですよね。当社は個人のデータを所有しません。また、当社の機械学習モデルが行うのは、環境保護の観点から正しい行動を予測・推奨することのみです。レプリカではなく、「これが最善策です。これに沿って行動することで、環境保護に貢献できますよ」という助言を提供します。
たとえば「明日は晴れるので、携帯電話の充電は夜間ではなくコストが低い昼間に行いましょう」のように、再生エネルギー比率の高い日中の電気利用を推奨し、炭素税などが上乗せされて割高になる夜間の電力消費回避を提案できます。当社のシステムでは、「環境に配慮した行動」に報酬が発生するだけで、「環境に配慮しない行動」に炭素税のようなペナルティを課すことはありませんよ。
現時点で問題があるとしたら、こうした電力消費のピークカットやピークシフトですね。生成AIモデルが機械学習に用いるデータは過去の古い情報です。日々更新されるリアルタイムデータではありません。過去のデータを参考にする生成AIには、環境に対して良い/悪い影響を与える行動について効果的なアドバイスは無理でしょうね。古い情報に基づく助言では、人々はライフスタイルを変えません。
――月並みで恐縮ですが、最後に日本のユーザーへメッセージをお願いします。
Gregory:私たちは、日本を信じています。日本は変化の最前線に立っている国で、技術的な効率性の点ではナンバーワンです。真の技術発展とは、人間中心の発想に基づくもの。人間中心の日本では、人々が望まない限り変革はあり得ません。だからこそ、変化を求める当社にとって日本がベストな場所なのです。
参考:
EaaS.Global
暑い夏と地球温暖化に関するアンケート
大企業のESG経営への取り組みに関する実態調査
(取材・文/Techable編集部)