AI技術の進展にともない、その活用は消費者の身近なサービスにまで広がっている。今回は、買い物体験を一層便利で豊かなものにする3つのAI機能を、インド在住の筆者の感想とインド人ユーザへのインタビュー結果を交えつつ、紹介する。
①ファッションEC「Myntra」のパーソナルアシスタント機能「Mystylist」
Myntraは2007年設立のバンガロールに本社を置く企業で、インド最大のファッションEC(ネットショップ)を運営している。日本でいうところの「ZOZOTOWN」のような位置付けと言っても良いだろう。MyntraはいくつかAIを活用した機能を提供しているが、ここでは、2023年5月18日にリリースされたパーソナルスタイルアシスタント機能「My Stylist」を取り上げる。
「My Stylist」は、一つの服のみではなく、「コーディネート」のレコメンドをしてくれる機能だ。
いくつかの切り口でコーディネートを紹介してくれる機能なのだが、そのうち筆者が面白いと感じた「過去のMyntraでの購入品起点での」コーディネート提案機能がある。それは「追加でこれを買うと、過去に買った商品と合わせてコーディネートが完成するよ」という形で商品を提示してくれる機能である。
左上の「ALREADY BOUGHT」と緑色のラベルがついているものが、自分が過去に買った商品で、それ以外の3マスにあるものが「買った商品に合うもの」としてレコメンドされている商品だ。
UIも直感的であり、あまり思考せず楽しく見ていけると筆者が感じた機能だが、インドのユーザへのインタビューからも、服やコーディネートの選択肢に触れる新たな切り口として楽しく閲覧されていることがわかった。
週1-2回程度Myntraを見ているというバンガロール在住のAさん(27歳・女性)は以下のように語る。
いつも「購入履歴からのレコメンド」を見ます。特に服にあうアクセサリー、バッグや小物を見ています。
(中略)コーディネートを考えるのにも役に立ちますし。自分が持っているもので近いものがあれば、(買わずに)それを使えば良いと思っています。
新たに購入する服を見つけるだけではなく、ざっとコーディネートを“Look Book的”に見て、手持ちのものと合わせたコーディネートの参考にするというユーザは他にも何人か見られた。
また、ユーザの発言や使い方からは、全面的にコーディネートや購入品の参考にするというより、好きなもの・良いと思うものを“つまみ食い的”に見ている様子がうかがえた。
Bさん(25歳・男性)はこう語る。
時計はあまり変えないですし、靴はオフラインで買うので、時計と靴のレコメンドは自分は要らないです。でもズボンのレコメンドは役にたっています。(中略)
全部のレコメンドが素敵というわけではありません。いくつかはいまいちですが、それでも自分にとっては参考になるので良いです。
ファッションはそもそも「正解」があるものではなく、「好みに合うかどうか」という要素が大きいものだ。提案された商品を見ていくなかで、全てのレコメンドを良いと感じられなくても「ある程度良さそうなものがある」ということであれば見る理由になる。
現時点でこの機能は「現在持っている服を用いたコーディネート」という切り口で服を選ぶことができる点で新規性があるため、ユーザに楽しく使われる機能になっているようだ。
Myntraの2024年3月の公式発表によると、GMV(流通取引総額)の成長率は市場の2倍近くとなり、また月間アクティブユーザー数(MAU)は2021年の4,500万人から2023年末には6,000万人に増加しているという。最近は特にZ世代向けの施策に注力しており、今後も伸びが期待されている。
②クイックコマース「Blinkit」のAIレシピ提案機能「Recipe Rover」
Blinkitは、10分程度で日用品や生鮮食品を自宅まで配送する「クイックコマース」と呼ばれるサービスである。筆者も水やトイレットペーパーなどを購入する際によく利用する。クイックコマースは他にもいくつか有名なものがあるが、ある調査機関のレポートによると、Blinkitの市場シェアは、2022年3月の32%から2024年1月には40%に上昇し、業界トップであるという。(参考)
必要なものが何でも10分程度で家まで届くクイックコマースは、買い物の手間を大幅に軽減した画期的なサービスだ。
しかし、「食事のための買い物」となると、買い物の前段階で「何を作るか」を考える手間が残る。そこでBlinkitは、単に「早い買い物体験」だけでなく、「レシピを考える手間の削減」という価値も提供している。彼らの提供するレシピ提案機能「Recipe Rover」は、AIを活用してユーザーにレシピを提案し、そのレシピに必要な食材をワンタップでカートに追加できる機能だ。
レシピはAIが自動生成したもので、その時点でBlinkit内に取り扱いがある食材のみで作れるレシピだけが紹介されているのも特徴だ。
たとえばマンゴーカレーの場合は、簡単な料理の説明の後に、必要な食材名と数(マンゴー2個)がテキストで記載されており、そのすぐ下部に食材のカート追加ボタンがある。必要な食材を簡単に、かつもれなくカートに追加していくことができるので、とても便利だ。
またBlinkit公式ブログによると、レシピだけでなく、レシピ画像もAIによる自動生成だという。
魅力的かつ自然に見えるよう多くの微調整を行ったとのことで、筆者が見る限りでは、たしかに違和感なく美味しそうに見える料理の写真が並んでいる。少なくとも「いかにもAIが作った画像」という感じはしない。
さらに、レシピ一覧ページから自分のニーズに合わせてレシピを選ぶことができる点も便利だ。使う材料や、どのような位置付けの料理か(前菜かメインかなど)、どこの国の料理か、などでレシピを絞り込むことができる。
③Flipkart(インド版Amazon)のAIショッピングアシスタント「Flippi」
インドの大手オンラインマーケットプレイスで「インド版Amazon」などとも呼ばれるFlipkart。インドのEコマース市場の中で48%のシェアを持つ、強大な総合ECサイトだ。ユーザは前年比21%増と成長を続けており、オンラインのスマートフォン市場では48%、ファッション市場では60%の市場シェアを保持すると推定されている。そんなFlipkartは、ChatGPTを基盤としたAIショッピングアシスタントの「Flippi」を提供している。
使い方は非常に簡単だ。Flipkartのアプリ内でFlippiと対話を始めるだけで、さまざまなサポートを受けられる。たとえば「新しいスマートフォンが欲しい」「ランニング用のシューズを探している」などと打ち込むと、Flippiは適切な提案を行う。
筆者もいろいろな商品探しに使ってみたのだが、筆者からの要望にストレートに応えるだけではなく、Flippi側から追加の質問もあり極力ニーズに近いものが提示されるようになっている点が良いと感じた。
たとえば「スマホが欲しい」と打ち込むと、スマホのおすすめ商品が提示されるが、同時に「どのブランドが良いですか?」「予算はどの程度ですか?」などの追加質問がくる。店員と会話をしながら絞り込んでいくようなイメージだ。
多くの場合、ユーザは自分のニーズを一度で完璧に言語化して打ち込むことは難しい。また、そもそもどのような選定軸で絞り込めば良いかも考えていない/わかっていないことが多い。
このように一問一答でニーズを深堀りする形式は、ユーザの思考の負荷が少ない良いユーザ体験を作ることができていると感じた。一方で、質問内容がワンパターンであったり、細かい依頼をしても反映されないなど、まだ精度が不十分である部分もあった。今後のアップデートに期待だ。
多くの人が日常的に利用するアプリへのAI活用によって、インドの買い物体験はさらに向上している。消費者はより効率的でパーソナライズされたサービスを享受でき、企業も顧客満足度の向上と売上の拡大を期待できるだろう。これからも進化し続けるAI技術とその活用アイデアが、インド人の買い物スタイルをどのように変えていくのか、注目だ。
【著者プロフィール】
滝沢頼子/株式会社hoppin
東京大学卒業後、UXコンサルタントとして株式会社ビービットに入社。上海オフィスの立ち上げ期メンバー。
その後、上海のデジタルマーケティング会社、東京のEdtech系スタートアップを経て、2019年に株式会社hoppinを起業。UXコンサルティング、インドと中国の市場リサーチや視察ツアーなどを実施。インドのバンガロール在住。