オンラインで本人確認を行う「デジタルID」ソリューション市場は、世界的に急成長する見込みだ。Markets and Marketsの調査では、2023年時点で約345億ドルだった市場規模が2028年までに832億ドルに達すると予測。年平均で19.3%の急激な伸びが期待されている。
この波に乗りそうなアメリカのスタートアップが、「Identity Verification」(本人確認・身元証明)に代わる「Identity Acceptance」(身分証受容)を掲げるTrinsicだ。他のサービスやアプリで過去に認証済みのIDを“再利用”する「本人確認ネットワーク」を構築している。
身分証や顔の撮影は前時代的な身分証明
ディープフェイクやAI生成メディアの蔓延により、身分証明ソリューションの需要が急増している。しかし、現行のオンライン身分証明は、断片化と複雑化が進んだ非効率かつ前時代的なもの。Trinsic共同設立者兼CEOのRiley Hughes氏は、Forbesのインタビューで「これだけ技術が進んだ時代に、プラスチックの身分証を取り出してスマホのカメラで撮影するのが最先端の身分証明なんて、ばかげている」とまで言っている。
各種サービスを初めて利用するたびに、消費者は何度もいちから同じ手順を踏まなくてはならない。ユーザー体験は悪いし、1人の人物を何度も確認することで同じ情報が複数個所に重複して保管される。一ヵ所でもデータ侵害が起きれば、個人情報が洩れてしまう。
このような課題を解決するのが、2024年5月にローンチされたTrinsicの「Identity Acceptance」ネットワークだ。過去に認証済みのIDを再利用する(つまり、アナログIDではなくデジタルIDを提示する)ことで、身分証明書や運転免許証をわざわざ取り出すことなく本人確認を済ませられる。従来の10倍速く完了し、詐欺や不正行為の危険性も減るという。
ネットワークのイニシャルパートナーに含まれるのはCLEARやYoti、IDverse、Airside、Dentityなど数十社。これらの企業が有する認証済みのIDは合計で6000万人を超える。再利用できるデータがそれだけ大量にあるということだ。
ユーザーにも企業にも大きなメリット
同社のYouTubeアカウントでは、Hughes氏自らが自社ネットワークについて解説した動画を視聴できる。身分証明で必要なのは電話番号・暗証番号の入力や、QRコードの読み取り程度だ。ID再利用には、ユーザーの離脱防止という大きなメリットがある。本人確認に物理的な身分証明書や顔写真の撮影を求めると、面倒に感じたユーザーはそこで諦めてしまうのだ。筆者も、とある企業のeKYCで写真の判定が厳しすぎて断念した経験がある。ネット上でも同様の声が多数寄せられていたが、このような事態を防げるわけだ。
企業側も大幅にコストを削減できるうえ、開発者を念頭に置いたTrinsicのシンプルな APIは主要プログラミング言語のほとんどで利用できるという。
ユーザーにも企業にも大きな恩恵をもたらす同社のサービスはローンチ前から注目を集めており、Trinsicは2022年6月に850万ドルの資金調達に成功している。
誰もが簡単に身分を証明できる「ワンタップの未来」を目指して
Trinsicは2019年にRiley Hughes氏らによって設立された。Hughes氏は、以前にもスクーターのハンドルバーを開発・販売するスタートアップを立ち上げた経験の持ち主だ。デジタルID分野に足を踏み入れたのは、大学卒業後に勤務したNPOでのことだった。求人広告にあった「ブロックチェーンと本人確認が出会う場所」という見出しに心を奪われたのだが、早々に本人確認の課題に気づいたとしている。
市場の成長も見込まれる中、1クリックまたはタップで本人確認ができる「ワンタップの未来」を目指すというTrinsic。今後同社のネットワークがどこまで拡大していくのか注目していきたい。
参考・引用元:
Trinsic
自民党
IDC
Markets and Markets
Forbes
(文・里しんご)