市場の成長を後押しする要因の一つは、オンライン通訳への需要が高まったことだ。コロナ禍以降、オンラインでの会議が一般的になったのは周知の事実だろう。
そんな中、注目を集めているアプリがJeenieだ。登録通訳者を平均13秒で呼び出し、1分ごとの課金でサービスを利用できる手軽さが特徴のひとつ。300以上の言語に対応し、140ヵ国にユーザーを抱えている。Google Playストアでのダウンロード数も5万回超を記録。類似アプリのダウンロード数は1000回程度にとどまっている状況をみると、その数字の大きさがわかる。
日本出張での体験がきっかけで起業
ワシントンを拠点とするJeenieは2018年に設立された。「アラジン」のジーニー(ランプの精)のように、スマホひとつですぐに通訳者を呼び出せるところから、この名前になったという。共同創業者でCEOのKirsten Brecht Baker氏は、両親が2人とも言語学者だ。「言語が自身のDNAに組み込まれている」とインタビューで語っているが、起業の直接のきっかけは会社員時代の日本への出張だった。日本で打ち合わせのために店に向かうも、タクシー運転手とのコミュニケーションがうまくいかず、ホテルに戻って助けを求める羽目に。目的地周辺に到着しても、漢字が読めずにどの店かわからなかったという。この体験がJeenie創業につながった。
同社のミッションは「言語の壁をなくし、より公平な社会を創る」こと。具体的には、「信頼できる人間による言語支援を、誰もが困ったときに、手頃な料金で使える」ことを目指している。
このミッションには、ホワイトハウスも注目したようだ。2021年には、Kersten氏がホワイトハウスの「保健格差対策タスクフォース作業部」に招かれ、スピーチを行っている。Kersten氏は言葉の壁が保健格差の大きな原因になっていることを強調。医療従事者やワクチン接種会場で必要なときすぐに通訳サービスが利用できる体制を整えることを強く求めた。
Jeenieに注目しているのはホワイトハウスだけではない。2019年には日本のH.I.S.と提携し、同社で航空券を予約するとJeenieの通訳サービスが10分間無料になるキャンペーンも展開していた。2021年にはシリーズAラウンドで930万ドルの調達に成功。またメディアの注目度も高い。2023年はForbesにも取り上げられたほか、2024年にはInc.誌の選ぶ「女性創業者250人」にKirsten氏が選出されている。
医療分野に注力して他社と差別化
他社との差別化に取り組むJeenieはスマホ・タブレット・PCはもちろん、固定電話にも対応。PCでZoomの拡張機能を使えば、別途ソフトを立ち上げることなく通訳機能が使える。さらに手話にも対応しており、「誰にでも」サービスを提供するというミッションに忠実な姿勢が見て取れる。だが、いちばんの特色は医療分野に注力していることだ。公式のLinkedInアカウントでも医療分野での活用を真っ先に挙げているほか、公式サイトの「ニュース」でも医療通訳に関する記事が数多く見られる。
医療通訳者としてJeenieに登録するには、医療分野で最低2年の通訳経験やHIPAA(患者の医療上保護について定めるアメリカの法律)研修の受講証などが求められる。こうした厳しい条件を課して、通訳サービスの質を担保しているのだ。
Jeenieの通訳サービスは実際にアメリカの医療業界に浸透しているようだ。顧客リストには全米屈指の医療機関であるMayo ClinicやHennepin Healthcareや、患者の移送サービスであるroundtripなども名を連ねる。
また、通訳者の労働条件への配慮も忘れない。他社よりも報酬を高めに設定しているほか、教育の機会も提供。通訳者を単なる「ギグワーカー」として捉えていたら、このような取り組みはあり得ない。
ユーザーの選択肢を増やすことにも貢献
「手頃な料金」をミッションに掲げている同社だが、同業他社と比べると金額は高いと言わざるを得ない。たとえばOyraaでは1分1ドル前後の通訳者が多数なのに対し、Jeenieは2ドルからという設定になっている。通訳の質を高く保つための取り組みを考えると、致し方ないところだろう。医療など重要な局面や手話が必要な場面はJeenieで乗り切り、日常会話など一般的な通訳はOyraaなどで済ませるといった使い分けもできる。Jeenieがユーザーに有益な選択肢を与えていることは間違いない。
オンラインでの通訳仲介は、ともすれば価格競争に巻き込まれてもおかしくないが、Jeenieは通訳の質を高め、医療通訳に注力することで成功を収めてきた。今後、この分野で圧倒的な地位を確立できるのか注目していきたい。
引用元:Jeenie
(文・里しんご)