この逆境の中、それでも2024年1月のイスラエルにおけるテックスタートアップへの投資額は4億7300万ドルにもおよび、前年同期比75%増という勢いを見せている。スタートアップを支える同国エコシステムのレジリエンスの高さを示すものだ。
またガザ紛争やイスラエル北部の政情不安が逆風というよりもむしろ追い風になり、特にサイバーセキュリティ分野での需要を後押ししている側面がある。この状況下で、創業以来の高成長を続けているのがサイバーセキュリティ企業Torqだ。
創業3年目で総額1億2000万ドルを調達
2024年1月にTorqが行った発表では、創業3年目であった昨2023年に売上が300%、顧客数が500%増加したという。さらに、同月にはシリーズBラウンドにて4200万ドル(約63億円)の資金調達を行った。同社のこれまでの総資金調達額は1億2000万ドルとなった。同社の急速な成長を支えるのが、サイバーセキュリティ分野におけるAI主導のハイパーオートメーション技術だ。Torqは大規模組織における複雑化したセキュリティ基盤の運用を高度に自動化する技術を提供するパイオニアとして広く知られている。
従来型の自動化・効率化技術としてはSOAR(Security Orchestration, Automation and Response)と呼ばれるソリューションがあるが、Torqの技術はこれと比較して10倍以上の速さでのROI(投資対効果)達成が可能であること、SOARからハイパーオートメーションへの移行が続いていることを強調している。
ハイパーオートメーションで大規模組織のセキュリティ課題を解決
今日の大規模組織におけるセキュリティ基盤は極めて複雑化している。数多くのセキュリティツールや複数のクラウド環境が混在しており、その組み合わせは爆発的な勢いで増加。人手での運用はもはや不可能であるにも関わらず、自動化は困難な技術課題でもあった。そこにメスを入れたのがTorqのセキュリティハイパーオートメーションだ。同社は自動化を三段階に分けている。まず、レベル1ではタスクレベルで定型的なセキュリティイベントに対応、15~20%を自動化する。レベル2ではプロセスを横断して定型的なセキュリティイベントに対応す、30~65%を自動化する。
そしてレベル3では生成AIと機械学習を組み合わせたハイパーオートメーションによって、プロセスを横断して非定型的なセキュリティイベントまで認知し対応。自動化のレベルを90%以上にまで高めることが可能だという。
さらにノーコードと呼ばれるプログラミング不要の開発環境を利用することで、セキュリティ基盤の洗練された運用フローの俊敏な開発と実装を可能にしている。
“ペイパルマフィア”のイスラエル版は“チェック・ポイントマフィア”
Torqは、Luminate Security社(2019年にSymantecへ売却)の設立チームが2020年に立ち上げたスタートアップだ。共同設立者はOfer Smadari氏、Leonid Belkind氏、Eldad Livni氏の3人。そのうち、CTOのBelkind氏およびCINOのBelkind氏はチェック・ポイント出身である。つまり、Torqはいわゆる“チェック・ポイントマフィア”の一員だ。チェック・ポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ(通称チェック・ポイント) は、ファイアウォールとVPN製品で知られるイスラエルのサイバーセキュリティベンダー。サイバーセキュリティ業界の動向分析に取り組むRoss Haleliuk氏によると、米国シリコンバレーの「ペイパルマフィア」同様、イスラエルには「チェック・ポイントマフィア」があるという。
ペイパルマフィアとは、ペイパルを創業したイーロン・マスクやピーター・ティールを中心とした人的ネットワークのことだ。シリコンバレーのスタートアップを支えるエコシステムとして機能し、数多くのスタートアップを成功に導いてきた。
同様にチェック・ポイントマフィアは、イスラエルのテックスタートアップの成長を強力に支えてきたネットワークだ。チェック・ポイントは1996年6月にNASDAQで公開され、当時としては大型の6700万ドルを獲得した。それ以降、イスラエルのテックスタートアップのためのインキュベーターとしての役割も果たしてきたのだ。
Torqも、チェック・ポイントマフィアを含むイスラエルのエコシステムの支援を受けて成長してきた。しかしこれからグローバル市場、特に米国市場での勝者を目指して次のステージに向かうためには、イスラエルのエコシステムから自立して自ら超えなければならないハードルがある。
キャズムを超えてグローバル市場の勝者を目指すTorq
Torqの先進的ソリューションを今まで積極的に受け入れてきた顧客は「イノベーター」もしくは「アーリーアダプター」と呼ばれる層だ。これからさらなる成長段階に入っていく際には、「アーリーマジョリティ」が顧客となる。問題は「イノベーター+アーリーアダプター」と「アーリーマジョリティ」の間に「キャズム」と呼ばれる「死の谷」があることだ。前者と後者のニーズは異なるため、新たに異なるニーズに適応できない企業は「死の谷」に転落することになる。
Torqがキャズムを超えるために必要なことは、ビジネスモデル、市場投入戦略、販売・マーケティングを革新する新しいスキルであり、米国市場で大型の資金調達をなしとげる規模拡大能力である。セキュリティ・ハイパーオートメーションのパイオニアとしての揺るがないポジションを中核に、新たなスキルを開拓しながら、Torqのグローバル市場への挑戦はこれからも続くに違いない。
引用元:Torq
(文・五条むい)