2023年に市場規模50億ドルに到達するも投資額は半減
マーケット規模の拡大とパンデミック関連の投資に後押しされ、急速な成長を続けてきたインドのヘルステックエコシステム。2023年時点で市場規模は50億ドルに到達した。数千から1万社とも言われる数のスタートアップがひしめき、AIベースの医療機器やオンライン診断プラットフォームなど幅広い事業を展開している。しかし、ポストコロナで状況が大きく変化してからは多くの企業が困難に直面、修正が必要になっている。2022年は、他セクターのスタートアップ同様に多くの企業がレイオフを実行。2023年には、後期ステージの投資額の減少および投資ラウンド回数の半減などを受け、全体の資金調達額が前年15億ドルから6億8,270万ドルへと大幅に減少した。
正念場を迎えたインドのヘルステックスタートアップから、注目の大手6社をピックアップ。企業ミッションや事業内容、資金調達状況などをまとめてみる。
AI搭載の非接触センサーで患者をモニタリング「Dozee」
2015年設立の「Dozee」は非接触型モニタリングシステムを提供する医療機器メーカー。よりアクセスしやすく、より手頃な料金の医療サービスを継続的に提供することでヘルスケア分野の革新を進めたいという創業者の情熱から誕生したスタートアップだ。同社が展開する「Dozee」は、AIベースの非接触型センサーによって患者の状態をリモートで継続モニタリングするシステム。マットレスの下に置かれたDozeeセンサーシートが心拍数、呼吸数、体温、酸素飽和度、ECGなどの患者の重要パラメータを追跡。データはクラウドに保存される。
2022年にはセンサーを搭載したスマートコネクテッドベッド「Har Bed Dozee Bed」をローンチ。2023年4月にシリーズAラウンドで調達した600万ドルの資金により、このスマートベッドの強化を予定している。
オンライン診察プラットフォーム・アプリ「Practo」
2008年設立と比較的歴史の長い「Practo」は、医療記録をデジタル化してオンライン診療を受けられるプラットフォームおよびアプリを運営する企業。こちらも「インドの医療をよりアクセスしやすく・より手頃な価格に」をミッションとして掲げている。そのほかサブスクリプション方式の健康管理プラン、習慣管理ソフトウェア「Ray」、フルスタックHIMS(健康情報管理システム) ソリューション「Insta」、「Practo Associate Labs」を用いての自宅で快適かつ安全にサンプルを採取できる診断テスト、全国規模の薬剤配達といった幅広いサービスを手掛ける企業だ。中国テンセントの支援を受けている同社。2023年11月の発表では、来期の黒字化を目指していること、2年以内のIPOによる上場を検討しているとした。
AIで食事・運動プラン作成「HealthifyMe」
2012年設立の「HealthifyMe」は、食事管理・フィットネス プランアプリを運営するスタートアップ。ユーザーに合わせた食事とトレーニングのプランを作成にAIおよび機械学習アルゴリズムを利用することで競合との差別化に成功、全国に2500万人以上のユーザーを抱え、インド人の健康と業界に大きな影響を与えている。他の多くのテックスタートアップ同様、2022年には不況の煽りを受けて全従業員の20%にあたる150人の社員を解雇したが、2023年6月にはプレシリーズDラウンドで3000万ドルを調達。資金調達総額は1億3000万ドルに到達した。AIを活用したバーチャル栄養士「Ria」に生成AIを導入して機能強化を図るほか、対面コーチシステムにもAIを組み込み、強力な栄養士兼トレーナー「Copilot」を作成する予定だ。
GOLD'S GYMのインド事業を買収「cult.fit」
2016年設立の「cult.fit 」(旧:cure.fit)はビデオベースのライブおよびオンデマンドのフィットネス、ヨガ、瞑想セッションを会員に提供している。「健康とフィットネスを身近なものにすること」を使命に、フィットネス、メンタルウェルネス、ヘルスケアを単一のプラットフォームに統合。個人の健康的なライフスタイルの追求を簡素化し、予防医療と総合的な健康を促進している。米国フィットネスチェーンであるGOLD'S GYMのインド事業を買収し、国際的な注目を集めた企業だ。
インド三大財閥の一つTataグループの新設企業Tata Digitalの支援を受ける同社は、Fラウンドでの1020 万ドル調達を2024年2月26日に発表したばかり。Tata Digitalを筆頭に複数の投資会社から資金を得ており、これまでの調達総額は6億7000万ドル以上となった。先月には、25年度までの黒字化達成を目指すとして150人近くの従業員を解雇している。
オンライン薬局・診察サービス「Tata 1mg」
「Tata 1mg」も、手頃な価格でアクセスしやすく・理解できるヘルスケアを実現したいというビジョンから始まった企業だ。設立以来急速に規模を拡大し、インド最大のデジタル・ヘルスプラットフォームとなった。医薬品に関する正確かつ信頼できる情報を提供し、人々が医薬品を効果的かつ安全に使用できるよう支援する。インド全土1000か所以上の都市で、医薬品や健康製品を薬局からユーザーの自宅まで配達。認定検査機関による診断サービスや、いつでもどこでも受けられるオンライン診察サービスも行っている。
上述のcult.fit同様に、インドの財閥Tataグループの支援を受けたスタートアップ。2015年設立の「1mg」が、2021年にTata Digitalによる株式過半数取得で「Tata 1mg」となった。2023年には「PharmEasy」を抜いて市場シェアトップになっている。2022年からの1年間でPharmEasyがシェア約33%から15%に減少したのに対し、Tata 1mgは19%から31%に伸ばしたためだ。
オンライン薬局の草分け「PharmEasy」
PharmEasyは、サプライチェーンと物流の最適化により医薬品を手頃な価格で提供することを目指して2014年に設立された。同社のプラットフォームでは、クリック3回で注文確定、クリック1回で再注文が可能という手軽さを実現。テクノロジーの力によって患者・薬局・医師・医療施設・医療サービス提供者を結び付け、スムーズなやり取りを可能にした。2022年7月にIPOを実施、2023年7月には評価額を90%引き下げて株主割当増資を選択した。かつて業界トップ3割超のシェアを誇っていたが、2023年11月には上述のとおりTata 1mgに抜かれて2位に後退した。多額の負債や高いバーンレート、激化する競争など複数の要因が重なり、苦しい状況が続いている。2023年には400~500人の従業員を解雇してコスト削減・営業利益改善を図ったが、カスタマーサポートや技術スタッフに不足が生じたとのこと。
以上、無数のインドヘルステックスタートアップから6社だけ動向を確認してみた。各社とも基本的に「アクセスしやすく・手頃な価格」でのヘルスケアをインド全体に提供することを目指して設立されたのが印象的だ。
経済成長や都市化、ライフスタイルの急激な変化にともない、糖尿病などの生活習慣病が蔓延するインド。医療インフラの不足、健康に関する知識の欠如、都市部と地方の格差といった問題が山積している。
インドの生活習慣病予防・対策分野には日本企業も進出しているが、インドが抱える問題を解決するうえで国内のヘルステックスタートアップとテクノロジーは重要な役割を担う存在だ。ポストコロナの時代においても、自社利益を追求すると同時に社会貢献を実現していくことが期待される。