学習塾業界の市場規模は約1兆円にも上ると言われている昨今。少子化が進んでも、1家庭あたりの教育への支出額はほぼ変わっておらず、市場規模は変わらず推移しています。実際、昨今は「塾に行くのが当たり前」という世の中になってきました。
また、環境の変化としては「学校-塾」の関係性が密になってきたように感じます。例えば昔であれば、「〇〇高校に行きたい」という子どもに対して、最後のゴーサインを出すのは学校の先生でした。
しかし、最近はむしろ学校の先生から「塾の先生に聞いてごらん」と返されることが増えてきており、受験指導含め、ますます塾への期待というものは高まっていくと予想されます。
塾業界の特徴としては、市場に対する寡占化率の低さが挙げられます。学習塾関連の上場企業は約20社。それらの寡占化率は30%未満で、1社当たりの市場における伸び代が非常に大きいと言えます。
一方で、子どもの数が減ってきているため、選ばれる塾だけがシェア率を伸ばしていき、今後も寡占化が加速していくでしょう。
それではどうすれば「選ばれる塾」になれるのでしょうか?塾業界で起こりがちな誤解・錯覚を取り上げ、「選ばれる塾」になるために必要なポイントを考えていきます。
誤解・錯覚①「人間的に魅力的な上司が多いから大丈夫!」
塾業界は、子どもやアルバイト社員などの若い年齢層の人と接する機会が多く、コミュニケーション能力が高い人間的に魅力的な上司(社員)が多いという特徴があります。これはとても素晴らしいことなのですが、人間的な魅力に頼り切ってしまうと、「選ばれる塾」を目指す上で落とし穴になることがあります。
人間的な魅力というのは個々人の素質によるところが大きく、ともすれば属人的なマネジメントになりがちです。そのため、組織としての成長も個々人の素質に左右されることになります。
だからこそ人間的な魅力に頼らないマネジメント、すなわち属人的なマネジメントを排し、仕組み化していく必要があります。
それでは、どこから始めるべきなのでしょうか。それは「統一ルールの作成」です。
例えば、「生徒のために早朝勉強会をしよう!」となったとしましょう。このときこのようなことが起こったとしたら読者の皆様はどうしますか?
Aさんの意見「生徒のためにも、レベルに合わせた習熟度別授業をしよう!これまでにも…」
Bさんの意見「自習の時間にしよう!生徒のためにも朝の自主学習を習慣化してもらおう!私の生徒の○○さんは…」
こういった場合、どちらが正しい/間違っているといった話ではありません。どちらも「生徒のためにこうすべきだ!」というそれぞれの考え、すなわちマイルールの下に意見を出しています。
このような意見をもとに議論を行うのは、一見すると活発なチームに見えますが、実際に行われているのはそれぞれのマイルールのすり合わせであり、実は組織としては前に進めていません。
そのため、このようなロスタイムを削減するために統一のルールを作成し、それを遵守させることが、リーダーのすべきこととなります。
誤解・錯覚②「魔法の言葉 “生徒のために”」
保護者の方から「面倒見の良さ」を求められているからこそ「休みの日だけどテスト対策やるぞ!」といった時間外に積極的に稼働する塾もあるかと思います。これを乗り越える魔法の言葉が「生徒のために」です。正直、私自身も同様の発言をし、休日出勤などをしてきました。しかし、この魔法の言葉を使い過ぎると、組織の中で評価者が曖昧になる危険性があります。
例えば、経営者が「今の時期には各家庭に英語の授業を選んでもらい、受講料を上げたい」と考えていたとしましょう。
しかし、現場職員が「生徒のために無料で休日に補習を行おう」というのが当たり前になると会社としては利益を上げることが難しくなります。
だからこそ、社員の評価者は誰なのか、何を求められているのか、というのが明確になっている必要があります。
多くの場合の評価者は上司ですが、塾業界では「生徒のために」という考えから、「誰が求める結果を出さなければならないのか(この場合、上司なのかお客様なのか)」が曖昧になってしまっているのです。
言ってしまえば、お客様から求められている究極形は「無料の24時間運営」ですが、もちろん不可能です。
生徒のために、という思いは素晴らしいですし、個人的には大切にしてほしいと思っています。こうした生徒を思いやった学習を提供するためにも、日頃から「誰が評価者なのか」「求める結果は何か」を明確に分けて伝えるようにしましょう。
誤解・錯覚③「社員みんなが教えるのが上手い/大好き」
塾業界は、人に教えるのがとても上手で、また教えるのが大好きな人が多い業界です。そのため、何かわからないことがあったりした際、上司に聞けば丁寧かつわかりやすく親身に教えてくれるかと思います。もちろんこれは良いことなのですが、過度に教えてしまうケースは要注意です。
「ここはこうするんだ」と上司が細部まで徹底して指導する…このようなマネジメントは教室長クラスなどの対少人数であればなんとか行えますが、エリアマネージャークラスなど何十人もマネジメントする立場になるとリソースを割くのが難しいのではないでしょうか?
かといって教えなくなると、部下からは「教えてもらってないからできません」といった免責発言につながることがあります。このように好きだからこそ過度に教えてしまうのは避けた方が良いでしょう。
それでは、具体的にどうするべきなのでしょうか?
前提として、評価というものは「経過」ではなく「結果」を評価するものです。これについては当たり前と思われるかもしれませんが、このような発言をしてはいませんか?
「Aさんは夜遅くまで仕事をしていて偉い」
「Bさんはいつも仕事を頑張ってくれているなあ」
もし思い当たる節があれば、これは要注意です。これらは全て経過を評価した発言です。これが続くと、部下も結果ではなく経過、すなわち「どれだけ頑張っているか」をアピールするようになってしまいます。
当たり前ですが、市場が会社を評価する際は「経過」ではなく「結果」で見られます。「面倒見が良いけど志望校に合格できない塾」は残念ながら市場から求められていません。
この前提を浸透させるためにも、部下をマネジメントする際は「結果」で管理をするようにしましょう。
例えば、経過に踏み込んで、どうやれば良いかを一緒に考えるようにすると、目標に届かなかった場合、部下が「教えてもらったやり方が悪いんだ」と他責思考になり、結局その部下の成長につながりません。
だからこそ、上司は結果というゴールを設定し、そこまでの道筋には関与しない、つまり“あえて教えない”ようにするのがポイントです。
個人に頼り過ぎないマネジメントを
本記事では学習塾業界に起こりがちな誤解・錯覚について取り上げさせていただきました。学習塾業界は子どもの成長に携われる素晴らしい仕事です。教えるのが上手で、「生徒のために」という熱い思いをもった魅力的な人が多い環境だからこそ、そこに頼り過ぎるのは注意が必要です。
しっかりと仕組みとしてマネジメントをしていくことで、魅力的な社員がいるだけでなく、組織力の強化にもつながり、選ばれる塾になっていけるのではないでしょうか?
<著者プロフィール>
加藤好古
株式会社識学
大学卒業後、東証一部上場の教育サービス企業に入社。入社3年目に教室長に昇格し、2教室を運営。その2年後にはエリア統括長にスピード昇進し、千葉県を中心に13教室を統括。10年間勤務したのち、株式会社識学入社。