東京に本社を置くEC特化のシステム開発ベンダー、ザ・プラント株式会社(以下、ザ・プラント)は、その従業員の90%以上が外国籍で多国籍・多文化のチーム体制を有しています。
同社で従業員のウェルビーイングを重視し、IT企業でありながら離職者を0にした実績を持つ最高人事責任者の岡真喜子氏に、グローバル人材の採用について伺いました。
公用語は英語だが、互いにサポートし合う
——ザ・プラントという会社について教えてください。
岡:法人向けのECプラットフォームやCMS、CRM、モバイルアプリなどのシステム開発を行う、2005年に東京で創業された会社です。独自のソフトウェア開発キット「QOR(コア)」をカスタマイズして、企業様のニーズに応えています。
営業やPM部門が中心となる東京本社の従業員は、現在22人。
そのうち日本人は5人で、他に中国・アメリカ・タイ・インドネシア・香港・フランスなど11の国と地域のスタッフが所属しています。開発がメインの中国支社では45人ほどの従業員が、オーストラリアの支社ではCTO1人が働いています。
——日本の企業でありながら、90%以上が外国籍の社員になったのはなぜですか?
岡:創業期にアメリカ人の代表と一緒に働いていたのが、後にそれぞれに支社を立ち上げることとなる、当時は東京に住んでいた中国人とオーストラリア人の2人です。そんな背景もあり、そのまま自然と外国籍の人が多くなりました。
また、取引先にはグローバル企業が多く、意思決定者が日本語話者ではないケースもあることから、英語と日本語のバイリンガル人材を必要としていたのも一因です。
——普段、社内コミュニケーションは何語で行われているんでしょうか。
岡:社内の公用語は英語です。英語が得意ではない人もいますが、社員は「わからないことは、わかる人が通訳をして助け合うことができればいい」という考えで、言語をあまり障害には感じていないようです。
誰も取り残されないようにと、お互いにサポートしながらコミュニケーションしています。
——社外ではどうしていますか? 日本の企業など、クライアントが英語は得意でないという場合もありそうですが。
岡:使う言語はクライアントに合わせます。弊社の取引先は外資系企業や世界展開を考えている日本企業が多いため、英語が多い傾向があります。
日本語が必要な場面では、日本人の社員が出向くこともありますね。私は人事担当ですが、時には営業に同行するなど、マルチロールで対応してきました。企業によっては、通訳者を入れてくださる場合もあります。
譲れないポイントは採用面接ですり合わせ
——日本本社での採用について聞かせてください。ECやシステム開発と、英語・日本語のどちらもある程度わかる営業・PM人材を見つけるのは大変かと思います。どのように採用を進めているのでしょうか?
岡:採用基準に優先順位をつけています。優先的に採用しているのは、異なる文化を持つ人たちとコミュニケーションが取れる、弊社の企業文化に合う人です。
プログラミングスキルが必須のエンジニア採用とは違い、営業やPMというポジションならば、後からECの専門知識をつけていくこともできますが、国境を超えた「お互いを思いやるコミュニケーション」は、トレーニングしたからといって一朝一夕で身につくものではないと思うんです。
そのため、分野への関心さえ持ってもらえるのであれば歓迎しています。英語・日本語は「どちらもわかったら嬉しい」ぐらいですかね。
——どんな経路での応募が多いですか?
岡:国内・国外どちらもLinkedInから多く来ていただいています。他にもIndeedなど、外資系プラットフォームを使って来てくださる方は多いです。エージェント経由や、数は多くないですがリファラル採用もあります。
——グローバル人材の採用や、多文化環境に対応できる人材育成の工夫を教えてください。
岡:採用面接時に、弊社がどのような環境かは必ず伝えます。同時に、ご本人の文化や習慣で譲れない部分についても確認し、お互いどこまで譲り合えるか調整しています。
例えば、あるイスラム教徒の方は、平日昼間も礼拝の時間をとることは譲れないとのことだったので、会社側でどんな対応ができるかを話しました。
ちなみに以前は、2次・3次面接ではオフィスやバーでチームと一緒にピザなどの軽食をつまみながらざっくばらんに話をする、というような機会も設けていました。これについては応募者からも好評でしたね。
また、入社後のオンボーディングでは「仕事でも生活面でも、何かアレ?っと思うことがあったら、迷う前に気軽に相談してね」と伝え、仕事に関係ない日本の文化や習慣についても話をしています。
日本で働くことに期待を持ってくれているからこそ、最初にちゃんと期待値を調整しておくことはとても大切なことです。
単純な例だと、「ごみは分別しなきゃいけないんだよ」とかですね。コロナ禍の前は、有名な観光地を地下鉄などでめぐる東京ツアーを会社で組み、日本の習慣などを説明しながら体感してもらう機会を作ることもありました。
事前にすり合わせをしていても、衝突することは当然あります。そのようなときは都度話し合い、お互いの「こうするべき」という考えをなくしていく作業を行っています。マンツーマンで起きたことの経緯を説明したり、相手の意図や価値観を聞いたりですね。
とにかく地道なコミュニケーションが大切ではないでしょうか。
——そのように外国籍の方も働きやすい環境を作ることが、採用における競争力につながっている実感はありますか?
岡:そうですね。日本が好きで来たものの、独特の慣習がある日本企業でのカルチャーフィットに悩んでいた方が、ある意味「ゆるさ」のある弊社のフレキシビリティさやインターナショナルな雰囲気を気に入ってくださることは多いです。
——フレキシビリティと言えば、ザ・プラントは基本的にリモートワークだそうですね。
岡:はい。東京オフィスは、人と話したいときに行くハブスポットとして使っています。日本本社で働く人は基本的に日本国内に住んではいますが、沖縄に買った家で働いている人もいますね。
一時帰国のタイミングで、しばらく家族と過ごしたいからと、2-3か月海外でリモート勤務をする例もあります。
カルチャーで他社との差別化をはかる
——社員のウェルビーイングを重視し、前野隆司氏が提唱する「幸福学」を経営に取り入れていると聞きました。
岡:実は「幸福学」というパッケージを知ったのは一昨年のことです。これまで東京、オーストラリア、中国のそれぞれの代表と私でディスカッションして醸成されてきた組織文化が、「幸福学」として言語化されていることに驚きました。
社員一人ひとりをリスペクトし、楽しく働いてもらおうとしていたら、たまたま「幸福学」を実践していた、というイメージです。
——どんなところが「幸福学」と重なっていたのでしょうか。
岡:幸せには、「やってみよう因子」「ありがとう因子」「なんとかなる因子」「ありのままに因子」という4つの因子があるとされています。
弊社はもともとチャレンジを推奨しており、Slackでアイデア出しや意見交換をして、よさそうなものをプロダクトにしてみていました。
これが「やってみよう因子」です。そこに付随して、やってみてダメならダメでいいんじゃない、試しに1回やってみようよ、という「なんとかなる因子」につながる考え方も持っています。
「ありがとう因子」については、数年前から意図的に「賞賛のワーク」として、何かで貢献してくれた人を、Slackを含むコミュニケーションの場でパブリックに賞賛してきました。
「ありのままに因子」で言えば、弊社は多国籍な社員と働く中で、それぞれの持つカルチャーを変える必要はないという前提に立っています。社員が大切にしたいことならば、「それは日本の会社員として、ちょっとどうなの?」と思うことでも、どう実装し応えていくかを模索し続けてきました。
——具体例はありますか?
岡:例えば、昼食後に2時間ほど昼寝をとる習慣への理解などですかね。日本の会社ではなかなかないことでも、彼らにとっては幼いときからの習慣で、生産性も上がると感じるとのことなので、そこを無理に変えようとはしません。
このような考え方を社員と共有するために、幸福学や求められる行動規範、これまでの会社としての取り組みを、昨年はカルチャーブックとして冊子にまとめました。Webサイトでもその一部をご覧いただけます。
——カルチャーブックは、どのような場面で使うのですか?
岡:社内では、人事やセールスマーケティングのチームが活動を考える際に価値判断の基準にしたり、ほとんどありませんがコンフリクトが起きた際も、そこに立ち戻って話をしたりします。
また、営業でも使っています。正直なところシステム開発は、どうしてもアピールポイントが「速さ」や「セキュリティ」など似たものになりがち。差別化できるのは「人」の部分だと考えているんです。
——社外に「私たちはこういう集団です」と説明するためにも使っていると。
岡:はい。社外の人には、言語化することで初めてカルチャーが伝わるので。これは営業だけでなく、採用にも言えることです。
弊社は大きな会社ではないので知っていただくところから営業・採用活動が始まります。だからこそ、まず相手に私たちのことを知ってもらうのが重要ですね。
グローバル化によって初めて出会える人や案件
——エンジニア組織を中心に、国籍にとらわれず採用する企業は増えているものの、日本国内では今も多くの企業が試行錯誤を続けているように思いますが、いかがですか?
岡:「外国籍の方は、言葉や習慣が違うから採用・定着が難しい」というお悩みはよく聞きます。しかし、日本人同士でも、コミュニケーションがうまくとれないことはありますよね。「新人の言っていることがわからない」とか。
「外国籍だから」というバイアスを、いかに取り除くかが大切なのかもしれません。
——ザ・プラントでは、なぜそのバイアスを外せているのでしょうか。
岡:外国籍であることや言語が違うことは、会社として目指すものの障壁にはならないと考えているためです。
また、旅行だったとしても、海外に行ったことがある社員が多く、アウェーな場所で困った体験があるので、相手の気持ちを想像しようとする姿勢があるのも関係しているかもしれません。
——市場や人材のグローバル化対応をすることで、ザ・プラントのような小規模な企業にはどのような変化がありますか?
岡:マーケットに関しては、まず潜在顧客の規模が格段に大きくなります。それから、海外のお客様の開発案件は意思決定のスピードが速いですね。システムができ次第、すぐにローンチしてトライしてくれるので、次のステップを考えやすく、いい発展サイクルができていきます。当然、収益化も早くなるので、双方のビジネスにとってもプラスです。
——そこで、「じゃあ遅い日本市場はもういいか」とはならないんですね?
岡:日本市場にもいいところがあるんです。たしかに意思決定までは時間がかかりますが、一度決まればすごく速いし正確。途中で疑問を挟まず、全部やってから次を考える印象です。
——商習慣が違う市場を持つことでリスクヘッジをしながらビジネスチャンスを増やし、キャッシュフローも回りやすくなるイメージでしょうか。
岡:それに、いろいろと面白い案件も来ます。例えば、日本の企業様は提案依頼書を作って来てくださるパターンが多いですが、海外からは未定の部分も多いアイデアベースでの相談も時々いただくんです。それはそれで面白いですし、エンジニアのやる気にもつながります。
また海外からは、法人ではなく個人から「こんなのやってるんだけど、どう思う?」と問い合わせがあることも。これは英語のWebサイトを持っていて、英語でコミュニケーションする会社だからこそ生まれる面白みかもしれません。
——人材のグローバル化への対応については、いかがですか?
岡:分母が増えるので、よりよい人材が会社に来てくれる可能性が広がりますよね。さらに、弊社もまだ実現できていませんが、タイムゾーンが違う人を採用することで、世界中の顧客のサポートや危機対応もしやすくなるでしょう。日本国内で無理にシフトを組まなくても、みんなが健康に起きていられる時間に仕事をすればよくなります(笑)。
人材のグローバル化が求められる今、できること
——今後、日本でも人材のグローバル化が無視できなくなるかと思います。そのときに大切なことを教えてください。
岡:やはり「外国籍の人だから」という枕詞を取り除いて考えることだと思います。そもそもみんな同じ人。「グローバルだから大変」という思考をやめれば、チャンスが広がると感じられるのではないでしょうか。
その上で、最初に期待値をすり合わせておくのはマストだと思っています。相手の文化を受け入れるだけでなく、日本の商習慣などについても伝える。例えば、「名刺はテーブルに投げないで」といったことも(笑)。
そのときに、それがダメな理由についても伝えれば、他のダメなことに直面したとしても、あのダメな理由はこれにも当てはまるな、ということまで想像して判断してもらえるようになります。その行動についてだけではなく、その背景まで伝えるのは大事だと思います。
——取引先が多様な文化を受け入れてくれると思えなければ、なかなか日本の組織をグローバル化する決断はできないように思いますが、いかがですか?
岡:そうしたベンダー側の心配も「思い込み」の一つかもしれません。
弊社の場合、取引先にグローバル企業が多いことがうまく作用しているかとは思います。ただ、例えば外資系の大手飲食チェーン様との仕事では、パートナーに日本企業特有の慣習をお持ちの企業様もいました。ですが、「こんな感じなんだ」とむしろ興味を持っていただけましたよ。
取引先のことなどを先に想像で心配してしまわずに、グローバル化を進めてみられるといいかもしれませんね。仕事も人も新しい可能性が広がりますし、何より毎日仕事を通じて、いろんな文化に触れられて楽しいですよ。
——最後に、昨今は日本人と外国人の間の賃金格差が話題になることが多いですが、この点についてはどのように思っていますか?
岡:外国籍人材の採用においては、確かによく取り上げられますが、実際はカルチャーギャップによる退職や離職などが発生したことによるコストの方が、賃金格差以上にかかってしまっていることがあると思います。
だからこそ、独自の組織カルチャーを醸成して、会社を好きになってもらう取り組みは欠かせないと考えています。私も毎日試行錯誤中なんですよ。
<岡真喜子(Maki)氏プロフィール>
ザ・プラント株式会社
最高人事責任者
米国の大学にてホスピタリティ学を学び、卒業後はニューヨークにある最高級ホテルの一つ、グラマシーパークホテルに入社。現在はザ・プラント株式会社の最高人事責任者を努める。人の心の在り方や人との関係性を引き出してくれる技術「問いの力」を使ったコミュニケーション技術で、離職率が高いIT業界、かつ外国籍の従業員が90%以上という当社の離職者を0にした実績を持つ。また、日本GHCDコーチング協会認定講師・コーチとしても活躍中。「自分らしさを活かしたリーダーシップと成果が出せるチーム作り」や「チームと目標達成を楽しめるコミュニケーション法」などの人気講座を持つ。