その打開策として、ごみ焼却場の共同化をはじめ、様々な分野での広域化・共同化の検討が進んでいるものの、そういった事例は少ないようです。
なぜ、広域化・共同化が進まないのでしょうか。その理由について、一般社団法人官民共創未来コンソーシアムの代表理事である小田理恵子氏にご寄稿いただきました。
広域化・共同化が困難な理由
人口減少は、全国の地方自治体に税収減や職員不足の問題をもたらしている。そのため、公共施設やサービスの維持を自治体単独では遂行できなくなりつつあるのが現状だ。その打開策として、様々な分野での広域化・共同化の検討が進む。しかし、うまくいかないケースも多い。 例えば過去には、ごみ焼却場の共同化について自治体間で協議を始めたものの合意に至らず、一方的に協議から離脱した自治体が相手の自治体から訴えられる事例があった。
自治体のデジタル化に関しても同様のことがいえる。業務システムや運営を自治体間で共同化したほうが合理的であるが、そういった事例がなかなか出てこない。一体なぜだろうか?
その理由はいくつかある。
①合意形成の難しさ
1つは、合意形成の難しさだ。例えば、ごみ処理を複数自治体で共同化する場合、「焼却場はどこの自治体に置くか」「自治体ごとの負担の割合をどうするか」「分別やリサイクルの基準は」「収集頻度や回収ルートをどうするか」「ごみ袋の仕様は」など、決めなければならないことが山ほどある。
自治体間だけの交渉にとどまらず、住民の合意も取り付ける必要がある。
仮に、複数自治体のごみを受け入れる焼却場の目処が着いたとしよう。しかしおそらく、近隣住民からは「なぜ、他の地域のごみ処理のために、自分たちが生活上での不便を強いられなければならないのか」と、反発が起こる可能性は高い。
これまで独立したルールで運営していたものを統合しようとすると、このように様々なステークホルダー間で、あらゆる合意形成を必要とする。これをやり切るのは至難の業である。
②自治体間に上下関係ができてしまう
また、共同化にあたっては、表面上は対等な関係にある自治体間に、上下関係ができてしまうことがある。例えば、大きな自治体が作った基盤に小規模自治体が相乗りする形になる場合を考えてみよう。大きな自治体は「自分たちの資源を使わせてやっている」という意識になり、一方の小規模自治体は「お願いして使わせてもらっている」という姿勢を取らざるを得ない。
この関係性が続けば、お互いに未来志向で協働しようという意識は遠のく。市町村は規模で優劣が決まるものではないが、事業が絡むとこうした上下関係が生じやすくなる。
③事業計画が不確実
さらに、事業計画に不確実性が含まれることも大きい。ごみ焼却場の場合であれば、各自治体の人口とごみ排出量の推移予測がそれにあたる。ごみ排出量は、リサイクル計画も含まれるため、どこまでリサイクルするのかなどが合意に至っていない場合、仮置きで計画されることもある。
そもそも「蓋然性の高い未来予測」は困難である。私たちは、過去の予測通りには進まなかった体験を積み重ねてきている。それは公共政策の分野のみならず、ビジネスでも生活でも政治でもだ。本質的には、未来は予測不可能であるといえる。
このように、公共施設やサービスの広域化・共同化が困難な理由はいくつも挙げられる。それでも進めていかなればならないのは、今の公共インフラが人口ピーク時に合わせて作られているからである。
スリム化していかなければ、維持単価は上がり続ける一方だ。それは住民の経済負担に跳ね返る。
葉山町と逗子市が共同化を進める理由
こうした背景がある中、神奈川県葉山町と逗子市は、下水道事業における共同化と公共施設等運営権(コンセッション)方式の導入を検討している。コンセッション方式とは、利用料金を徴収する公共施設について、施設の所有権を公共主体が有したまま、運営権を民間事業者に設定する方式のことだ。
下水道のコンセッション方式は、これまで静岡県浜松市、高知県須崎市、宮城県、神奈川県三浦市で導入されている。しかし、自治体間連携による事例はまだない。実現すれば、国内初となる。葉山町と逗子市がこれを推し進める理由は何か?
①葉山町と逗子市の危機意識が一致
1つは、葉山町と逗子市の危機意識が一致していたことにある。そもそも、公共施設やサービスの広域化・共同化は、立ち行かなくなってから検討していては遅すぎる。将来の人口減少に伴う利用者および処理量の減少を見据えて、先手を打つことが重要だ。その危機意識を、両自治体は共有していた。
②タイミングも一致
さらに、タイミングが良かったことも挙げられる。葉山町では2018年から、下水道の未普及の解消や既存施設の老朽化対策を目的として、設備の増設・更新の計画が進んでいた。これに、将来を見据えた合理的な運用を加味できれば、設備が新しくなると同時に、下水道事業の持続可能な経営体制も作れることになる。そこで、逗子市との連携とコンセッション方式の導入の話が持ち上がった。
広域化・共同化の重要性を心得ている葉山町民
さて、ここで「住民との合意形成が置き去りになっているのではないか?」と、違和感を覚えた読者もいることであろう。実はこれに関しても、葉山町にはアドバンテージがあった。葉山町では、かねてから「環境に配慮したエシカルな町」を目指し、官民一体型の取り組みが行われていた。
2019年から始まった「はやまクリーンプログラム」では、公共施設でのペットボトル飲料の取り扱い廃止や、27品目にも及ぶ家庭ごみの分別基準を設けたが、町民は「大好きな町の環境が良くなるなら」と積極的に参加したという。
この背景には、葉山町がかつて、横須賀市・三浦市と3者で進めていたごみ処理広域化計画から離脱した過去が関係する。
記事の冒頭に述べた広域化・共同化の難しさゆえ、葉山町は当時の協議から離脱したわけだが、その結果2市から裁判を起こされ、単独稼働させた町のごみ処理施設もダイオキシン問題が発生して稼働が停止。たちまちごみ処理が立ち行かなくなった。
よって、葉山町は行政も住民も、すでに公共施設の広域化・共同化の重要性や、ごみ問題の深刻さを理解しているわけである。
国内初の事例実現に向けて
もちろん現時点で、下水道事業の共同化とコンセッション方式の導入について、全てのステークホルダーの合意形成が済んでいるわけではない。今後はおそらく、葉山町、逗子市、そして両自治体の住民との間で幾度となく協議がなされるであろう。運営を委託する民間事業者の選定も課題として残されている。
しかし、多くのステークホルダー間で、危機意識が一定程度共有できているという下地があるだけでも大きい。過去の歴史を踏まえつつ、新たな時代へ踏み出す試金石といえる計画であろう。
2022年度は、葉山町が逗子市の下水を受け入れた場合を想定し、設備の対応の可否や、広域化することによるメリットなどを確認した。主にハード面の検討である。
2023年度からは、ソフト面の検討へ進む。コンセッション方式で下水道事業を運営する際の課題の抽出や、官民の役割分担、広域化した際の効果検証などを踏まえ、事業化の可能性を探る予定だ。
自治体間連携と官民連携を掛け合わせた下水道事業の運営が実現すれば、「縮退社会における行政サービスの維持提供」という先の見えない課題に、一筋の光を通すこととなる。この先の動向にもぜひ注目したい。
<著者プロフィール>
小田理恵子
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム
代表理事
大手SI企業にてシステム戦略、業務プロセス改革に従事。電力会社、総合商社、ハウスメーカーなど幅広い業界を支援。
自治体の行政改革プロジェクトを契機に、地方自治体の抱える根深い課題を知ったことをきっかけに地方議員となることを決意し、2011年より川崎市議会議員を2期8年務める。民間時代の経験を活かし、行財政制度改革分野での改革に注力。
地域のコミュニティと協働しての新制度実現や、他都市の地方議員と連携した自治体を超えた行政のオープンデータ化、オープンイノベーションを推進し国への政策提言、制度改正へ繋げるなど、共創による社会課題解決を得意とする。
現在は官と民両方の人材育成や事業開発(政策実現)の伴走支援・アドバイザーとして活躍。