その本能的な信頼関係を築くためには、何を実践すればよいのでしょうか。
「人間の本質(Human Nature)」をビジネスに活かす組織戦略家集団である株式会社ITSUDATSUの代表取締役の黒澤伶氏に「心理的安全性の正体」「本能的信頼関係を創るコミュニケーション」についての考察をご寄稿いただく本連載(前編はこちら)。
後編となる今回は、本能的な信頼関係を構築するためのラポール原理原則や、その実践方法について解説していただきます。
本能的な信頼関係を創る人間関係の土台とは
前編では、組織内で心理的安全性を高めるためには、無意識コニュニケーション下における繋がりによる本能的な信頼関係の構築が大事だと述べました。今回は、その本能的な信頼関係を構築するための原理原則をご紹介します。
この原理原則が、組織運営、チームマネジメントにおいて自然に活かされることはとても大事です。この原理原則をご紹介する前に、まずは人間関係の土台となる「存在承認」についてをご説明します。
無視は無意識的な「存在否定」
存在承認のイメージをより掴みやすくするために、反意語の「存在否定」からご説明すると、文字の如く「存在自体」を否定することです。一方、以下は「部分的」否定です。
・Aさんの性格が嫌い
・Aさんの考え方が嫌い
・Aさんの価値観が嫌い
つまりは一部分のみを否定しているということです。
社会人になると、常識をわきまえるので、意識コミュニケーションにおいて存在否定することはまずあり得ません。しかし、無意識コミュニケーションにおいて、実は存在否定的なコミュニケーションをとっている人は多いのです。
最も簡単で、最も相手を傷つける無意識コミュニケーションは「無視」です。例えば、職場における挨拶の無視は「あなたは敵です」と無意識に、かつ、ダイレクトに相手に伝えていることになります。
自分の存在を軽視されて気持ちがよい人はいません。当然、無視された相手は本人が意識的に自覚しているかは分かりませんが、無意識的には非常にダメージを受けます。
特に、子どもへのダメージは非常に大きく、この「無視」こそがいじめの最たる例と言えます。
承認欲求の土台となる「存在承認」
一方、「存在承認」は「承認欲求」に関連する言葉です。承認欲求とは「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という欲求です。この承認には、3つの段階があります。
①結果承認
②行動承認
③存在承認
「存在承認」は3段階の土台部分にあり、その上に「行動承認」と「結果承認」が積み上がっています。
この存在承認は「その人の存在そのものを認める」ことです。こちらも存在否定と同様に、意識コミュニケーションで存在承認する人はほとんどいません。
しかし、無意識コミュニケーションで存在承認することは非常に簡単です。例えば、挨拶・笑顔・アイコンタクト・うなずく・会釈などが無意識コミュニケーションにおける存在承認にあたります。また、名前などを呼んで一声かける、頑張ろうとポンと背中に触れるなども当てはまります。
これらは心がけ次第で、たった1秒でできるコミュニケーションなので、当社では「1秒コミュニケーション」と呼んでいます。
実は、1秒コミュニケーションだけで社風が大きく改善し、売上が大きく伸びた事例があるほど、影響力があるものなのです。
ラポールの原理原則とは
それでは、ここから本能的な信頼関係を構築するために必要なラポールの原理原則を3つご紹介します。「人はどんな人のことを本能的に好きになるのか」「どんな人を信頼しやすいか」という点で、人が人である以上、応用できる考え方があります。ぜひ、これを職場内やチーム内で実践していただくことをおすすめします。
①人は自分のことを理解しようとする人を信頼する
多くの人は、自分のことを全く尊重も理解もしようとしてくれない人から何かしらのアドバイスをされても、動こうとはしません。しかし、例えば「存在承認」をしてくれる人から同じアドバイスを受けた場合、反応は大きく変わるものです。
このように、人は「何を言われるか」よりも「誰から言われるか」に非常に大きく影響されます。ここで大事な点が「理解しよう」という点です。
多くの人が誤解されやすいのですが、理解とは肯定することではありません。当然、否定することでもありません。
理解とは、聴き手側の「判断」「評価」「解釈」がないという状態です。
例えば、Aさんが私に対して何かを話しているシチュエーションがあるとしましょう。その際に、「Aさんは私に何を伝えようとしているのか」と、私自身がAさんの心の中をあるがままに知ろうとする姿勢が「理解」を示すことになります。
ここで大切なのが、その人のことを理解できているかどうかよりも、理解「しよう」という姿勢です。「私はあなたのことを完全に理解した」と言われても、人は疑問に感じるものです。
ビジネスの現場で奔走している管理職やリーダーから「残念ながら、仕事が忙しくて、部下の話を聴く時間がありません」というご相談もよくいただきます。
しかし、大事なのはこれは「時間」の問題ではなく、「姿勢」の問題なのです。
ビジネスをしていると、話を聴いてもらえるという体験は意外と少ないものです。傾聴のための1時間もとる必要はありません。たった10分で構わないので、理解しようとする姿勢で対話することが重要です。
②人は自分の大切にしてくれるものを大切(尊重)にしてくれる人を信頼する
子どもの頃からよく言われる言葉に「誰かにされて自分がいやだなと思うことは、人にはしてはいけない」というものがあります。これは逆もしかりで、自分の価値基準で「いいな」と思ったことは相手も同じ価値基準で喜ぶとは限らないのです。それを知らないまま相手に善意を施しても、それは「独りよがりの善意」になってしまいます。
大事にしている人の顔を1人思い浮かべてみてください。その人をどのように大事にしてますか。
これらの質問を受けて「相手の価値基準を無視して、自分の価値基準のみで“大事にしていた”」と気づく人も多いのではないでしょうか。
納得感の欠如や方向性に対する食い違いが生まれてしまうのは、お互いが大切にしている考え、価値観、ポリシーを理解することに時間を使っていないことが大きな原因です。
例えば、管理職やリーダーの場合、どのくらい部下のことを知っているのでしょうか。
下記が部下に対する理解レベルになります。
【レベル1】
・部下のフルネームを漢字で書くことができる
・出身地を知っている
・前職在籍していた企業を知っている
・趣味や好きな食べ物などを知っている
【レベル2】
・子ども時代のエピソードを知っている
・当社に入社した理由や動機を知っている
・仕事以外の経験やエピソードを知っている
・尊敬する人を知っている
・何によってモチベーションが上下するかを知っている
・仕事において何を大事にしているかを知っている
【レベル3】
・人生において成し遂げたいことを知っている
・人生においてどんな生き方をしたいかを知っている
・人生において何を大事にしていて、どんなポリシーがあるかを知っている
・本人のコンプレックスを知っている
管理職やリーダーができる限り、部下の仕事上の考え方だけでなく、人生レベルにおいて大切にしていることを理解しようと努め、尊重することで、コミュニケーションにおける食い違いを防げるでしょう。
③人は共通部分を認識し、感じとることで信頼度を高める
人は共通部分を頭で認識したり、感じとったりすることで安心感が湧くものです。例えば、同じ出身地だったり、同じ学校出身だったり、趣味が同じだったりするなど、共通部分が多いほど信頼関係を高めることができます。しかし、無理に共通部分(共感部分)を見つけようとすると、無意識コミュニケーションで無理していることが相手に伝わってしまいます。
そのため、3つの原理原則を段階的に押さえていくことが大切です。まずは「理解」しようとし、その上で「尊重」し、自分も「共感」できるところから共感するというステップを心がけましょう。
ラポールの原理実践方法
前章でご紹介した原理原則は、あくまでも「心構え」です。この心構えを、いかに日常のビジネスの現場で活用できるかが大事です。それでは、明日からでもすぐにできる実践方法「ペーシング」をご紹介します。
ペーシングとは、コミュニケーションの場において「すぐにその場で」「無理なく」「相手に合わせられるものを合わせる」ことをいいます。具体的には、ラポールの原理の3番目を実践形式にしたものです。
人は、共通項が増えることで安心する生き物だとは先述しましたが、例えば「出身が同じ」「趣味が同じ」「嗜好が同じ」などは共通する確率が低くなりますし、無理に相手の考えに共感してしまうことにもなりかねません。
すぐにその場で無理なく、相手に合わせることができるものを意図的に創り上げるのがペーシングというスキルです。
それでは、コミュニケーションの場において「すぐにその場で」「無理なく」相手に合わせられるものとは何でしょうか。
代表的なものを下記にご紹介します。
①ペース(テンポ、呼吸)
相手の話すペースやテンポは、すぐにその場で無理なく合わせられるものの例です。イメージは、カラオケで、歌う人のテンポに合わせて手拍子をするようなものです。相手のテンポに合わせて、うなずいたり、相づちを打ったりするなど、テンポや呼吸を合わせることで、相手が本質的な居心地のよさを感じるようになります。
例えば、「あの人と私はフィーリングが合う」という印象の多くは、単純に「ペースが合っている」ことが原因の場合が多いのです。
逆に言えば、ペースが合わないことで、とても居心地の悪さを感じることがあります。よく、「仕事もできるし、能力もあるし、喋りも上手なのに人がついてこない」というリーダーがいますが、その原因が「ペーシングをしていない」ことであるケースも多いです。
②姿勢、表情、しぐさ、など(=目に見えるもの)
よくカフェなどで、仲のよいカップルや友達が、同じ姿勢で話し込んでいる場面を見かけないでしょうか。人は、心の繋がりができると、同じ姿勢になったり、同じ振る舞いをしたりします。例えば、ラポールが構築されると、こちらが飲み物を一口飲むと、相手もつられて一口飲むようになります。
この同じ姿勢や表情をすることを「ミラーリング」とも言います。ただし、無理に同じ姿勢をとる必要はありません。相手が手を組んでいたら、露骨に手を組むのではなく、自分の両手を前で触れさせておくなどでも構いません。
また、相手の表情がにこやかであれば、こちらも少しだけにこやかに。相手が深刻な表情であれば、こちらも少しだけ深刻そうにするのがおすすめです。
③相手の話したい気持ち
ラポールの原理を知り、具体的な実践方法まで活用すると、相手が安心感を持ってどんどん話してくれます。ここで大事なのが、相手の話したい気持ちにペーシングし、「相手の話を最後まで聴く」ことです。面白いことに人は、9割方話を聴いてもらっても、最後に少しだけ話を遮られたり、割り込みをされたりすると「この人は話を聴いてくれない人だ」という印象を持ち、ラポールが崩れてしまいます。
ビジネスの現場を見ると、部下の話を遮り、信頼関係を構築できない管理職やリーダーの方は多いように思います。
④相手の言葉
相手の言葉を「そのまま」繰り返すことです。通称「オウム返し」とも言われます。部下「おはようございます!」
上司「おはよう。今日の調子はどうだい?」
部下「はい。絶好調です!」
上司「よかったなぁ。では今日も一日頑張ろう!」
この何気ない日常の会話の中に、オウム返しを入れると、
部下「おはようございます!」
上司「おはよう。今日の調子はどうだい?」
部下「はい。絶好調です!」
上司「おお!絶好調か! それはよかったなぁ。では今日も一日頑張ろう!」
となります。この「おお!絶好調か!」を入れるだけで、相手は本能的に「この人は、私を受け入れてくれる人だ」という印象を持ちます。
人は「自分の発した言葉と同じ言葉が返ってくる」と、「この人は私を受け止めてくれる」という印象を無意識に持ちます。
特に、以下の内容をオウム返しするとよいでしょう。
・相手の大好きなもの、大切にしているもの
・相手の気持ちや感情の込められているもの
・相手が強調していること
チーム連携に必要不可欠な「コミュニケーション」
以上、前編・後編の2回にわたり、近年注目される心理的安全性について、また、心理的安全性を高める具体的な組織やチーム内で効果的なコミュニケーション方法をご紹介してきました。今の時代、個人の力で完結できることは非常に少なく、いかにして他者を巻き込み、コラボレーションできるかの重要性は高まるばかりです。
組織やチームが持つ目に見えない「空気」がありますが、これは、特に個人タスクよりもチームタスクが増え、チーム連携が必要となっている背景を踏まえた時代の流れだと言えます。
その際、大事になるのが「コミュニケーション」です。今回ご紹介したラポールの原理実践方法などを、ぜひみなさまがビジネスの現場で活用できることを願っております。
<著者プロフィール>
黒澤伶
株式会社ITSUDATSU
代表取締役
早稲田大学人間科学部卒。デル株式会社(現:デル・テクノロジーズ株式会社)、株式会社ビズリーチ(現:ビジョナル株式会社)、コーチングファーム取締役を経て、株式会社ITSUDATSUを創業。「ITSUDATSU(非直線的な現象)を再現性の高い世の中にする」という大義の下、要人材を起点とした独自の組織活性方法で累計300以上のプロジェクトを推進。現在、複数社の取締役CHRO(非常勤)を歴任。