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Enterprise 京大も旭化成も使う治験書類の電子化システムのアガサ。社長が語る書類だらけだった治験業界

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京大も旭化成も使う治験書類の電子化システムのアガサ。社長が語る書類だらけだった治験業界

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新型コロナウイルスの流行後、治験関係書類の電子化が急速に進んでいます。

治験業務の特性上、医療機関と製薬会社が足並みを揃えなければ電子化が難しかったということもあり、コロナ前は思うように進んできませんでしたが、今急速にDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいます。

そこで、京都大学や旭化成なども使っている治験書類の電子化システム「Agatha」を展開するアガサ株式会社の鎌倉千恵美代表取締役社長に治験業界のこれまでとこれからを聞きました。

年間の治験で使う紙は2トントラック1台分


——アガサがどんな会社なのか、簡単に教えてください。

医療機関と製薬企業双方が、治験・臨床研究の文書をクラウド上で共有・保存・管理することができるサービス「Agatha」を提供しています。

製薬会社が薬の開発を行い、実際に医療機関が患者に薬を投与し、製薬会社と医療機関で薬の安全性を調査する過程を治験といいます。

治験を行う際の事務作業では従来多くの紙が使われ、1つの医療機関で年間2トントラック1台分の紙が発生していると言われています。また、医療規制によっては数十年保管が必要な書類もあるため、保管スペースの問題やコストがかかるという課題がありました。

弊社が提供する「Agatha」ではそれを電子化することで、期間の短縮や、医療現場における手間の削減を図っています。そして1日も早く、患者さんに薬が届けられることと、薬の開発費用および日本の医療費の低下を目指し、治験や臨床研究におけるやりとりをクラウド上で行えるサービスを提供しています。

——治験業界のDXは今どう進んでいますか。

コロナ禍で状況は大きく変わりました。それまでは、治験の9割以上が紙でのやりとりでしたが、コロナ禍によって急速にデジタル化が進んでいます。

理由の1つとして、リモートワークの普及や、訪問制限により製薬会社が医療機関へ直接出向くことができなくなったことです。従来のペーパーワークでは業務が立ち行かないという課題が発生したため、DXが急速に進んでいる状況です。

医療機関と製薬会社、どちらも動かないとDXは難しい


——治験業界のDXをリードしているのは製薬会社と医療機関のどちらでしょうか。

製薬会社が中心です。薬の治験というのは、製薬会社が薬を開発するために実施するためです。

——アガサのプロダクトもまずは製薬会社に広げ、そこから医療機関や患者に使ってもらうという戦略でしょうか。

アガサとしては、まず医療機関に導入いただき、その後製薬会社にも使ってもらうという仕組みを提供しております。実際に、圧倒的に紙が発生するのは医療機関においてです。

理由として、患者さんに薬を投与するのは医療機関のため、経過や効果を正しく記録する必要があり、そこで紙を多く用いていました。そのため、電子化を進める上では医療機関から製薬会社に提供してもらう方が圧倒的に多いです。

——治験電子化システムを導入する際、医療機関側での窓口はどういう人たちになるのですか。

医療機関側の導入窓口は、治験の業務をしている現場の担当部門です。そもそもITの領域にあかるいわけでもなく、日々の業務と並行してシステムを導入する必要があり、苦労されている方も少なくないようです。

もちろん医療機関にもIT部門はありますが、他業務の推進に追われていることが多いため、治験分野の電子化は現場の担当部門が進めるしかない状況になっています。これは、治験のDX化が遅れてきた要因の1つとも言えるでしょう。

——医療機関側がDXしたくとも、製薬会社側がDXに応じないとなかなか導入は難しそうですがどうでしょうか。

これまでは双方の連携不足が原因で、DXの推進が難しい場面もありました。コロナ禍前は、製薬会社、医療機関ともに「自分たちはDX化したいが、相手の状況を考えると難しい」という思いでいました。今はコロナ禍で行動に制限がかかる中、お互いがDX化に向けて協働しやすい状況にあります。

製薬会社と医療機関それぞれで、紙と電子ファイルをどちらも扱うというのは難しいので、製薬会社と医療機関のどちらかが紙を使っていると電子化は難しくなってしまいます。

——医療機関と製薬会社がどちらも動かないと治験が難しいということですね。

治験において紙が大量発生することは、医療機関、製薬会社ともに問題視してきたことですが、合意できず進んで来ませんでした。

そこで、私は双方の間の壁を何とか崩せないかと考えてきました。その中で製薬会社・医療機関のどちらかを対象にしたベンダーはいますが、双方を繋ごうとして動いてるベンダーはいないことに気づいたんです。

治験は、製薬会社と医療機関が協働するプロジェクトのため、「一緒に電子化を進めましょう、共にこの課題を解決しましょう。」と双方に対して何度も言い続けてきました。コロナ禍でDXが進むようになり、ようやくその両者の間の壁が崩れたのだと思います。

厳しい規制や高いコストも電子化のハードル


——従来、紙の使用が主流だった背景には厚生労働省が治験関係書類の電子化に対して厳しい規制を有していたことも理由だと思いますがどうでしょうか。

そうですね。例えば、Google ドライブのような一般的なオンラインストレージで保管すればいいというわけではなく、記録の改ざんの禁止と長期間のデータ保管が担保されているようなシステムで保管する必要があります。

薬の開発は人命に関わるので、開発途中の記録(実験の記録やデータなど)の改ざんは薬害を引き起こし、患者の人権侵害に繋がる可能性があります。これを防止するために各国の規制が厳しくなっています。

さらに、薬の流通は世界レベルで展開していくため、日本だけではなく欧米を中心とした全世界の規制にも対応していく必要があります。世界の規制に対応したシステムは非常に高価なため、医療機関や製薬会社にとってはコスト面で電子化のハードルがありました。

だからこそ「Agatha」は、医療機関なら月額490円から始められるという料金設定です。誰でも電子化しようと思えば始められるという価格体系でサービスを提供しています。

——なぜ従来のシステムはそんなにも高価だったのでしょうか。

競争力が働かなかったことが大きな要因だと思います。世界の規制を守ったシステムにするには、全世界の規制を常にチェックして、システムに反映していく必要があります。

この場合、医療の規制に関する知識を持つ者がいるシステム開発会社でないと構築できませんし、常にそのメンテナンスや調査が求められ、どの会社でもできるというわけではありません。

——その一方で「Agatha」はなぜ医療機関に対してそれだけ安価でシステム提供できるのでしょうか。

「Agatha」においても主に製薬会社からサービス利用料を得ていて、医療機関から収益を得ることは基本的には考えていません。

しかし、医療機関に対する利用料を0円にしてしまうと、せっかく契約しても使わない方が増えてしまうという懸念があり、医療機関に向けても少額ながら利用料の設定をすることで、電子化へ意欲がある方に使っていただければと考えています。

既存の無料治験電子化システムが終了へ


——これまで治験の電子化システムとしては日本医師会治験促進センターが運営する「カット・ドゥ・スクエア」という無償サービスがありました。それでも「Agatha」を使う会社があるのはどうしてなのでしょうか。

無料であるが故にシステムの脆さへの懸念を抱く方もいたことが原因です。医療機関にとって、重要な書類を保管するのに無料のシステムを使うのは不安だという声や「いつかなくなるのでは」という噂もあったようです。

——「カット・ドゥ・スクエア」は2023年2月に廃止される予定です。それはなぜなのでしょうか。

国からの予算で運用されていたシステムなので、予算が打ち切りになってサービス終了することになったのではないでしょうか。なぜ予算が打ち切りになったのかはわかりませんが、「Agatha」のようなシステムが民間から提供されてる中で、国が無償で同様のシステムを提供するのは差し迫って必要なことではないと考えます。

日本医師会治験促進センターが国の税金を使って、治験のDXの動きを底上げしてくれた点については税金で事業実施する意味があったと思いますが、その役割はもう終了したのではないでしょうか。

——「カット・ドゥ・スクエア」から「Agatha」への移行は大変なものなのでしょうか。

基本的には大きく工数をかけずに移行することが可能です。アガサでは「カット・ドゥ・スクエア」から「Agatha」へ切り替える医療機関向けのパッケージを提供しています。お申し込みいただければ、最短5日で切り替えられるというサービスで、手順書を整える支援もしております。

また、乗り換えた方の間でお悩みをシェアできるようなコミュニティも一緒に提供しているため、移行のハードルはそう高くありません。



——どんなユーザーコミュニティを運営しようとしているのでしょうか。

ユーザーコミュニティは「カット・ドゥ・スクエア」からの移行があるタイミングで設立しました。コミュニティ内では「Agatha」の使い方の動画やマニュアルの情報を共有しており、定期的にお悩み相談会の実施やユーザー同士で情報交換の機会などを考えています。

バイオベンチャーにも使われるシステムへ


——そもそも鎌倉社長はどうして治験業界に問題意識を持つようになったのでしょうか。

私はかつて日立製作所で製薬会社や医療機関向けの新規事業開発をしていました。そこで、日立総合病院という日立グループの医療機関を訪問した際に、医療従事者とディスカッションする機会がありました。

その病院の会議室には大量の治験関係の書類があり「本当にこの紙を全てチェックすることは可能なんだろうか」と思いました。日立は紙を電子化するシステムを提供している会社でありながら、日立グループの医療機関では大量の紙が発生していたわけです。

——グループ内のシステムを使えばどうにかなりそうですが。

「何かいいシステムはないのですか」と会社の人に尋ねると、「もちろん日立でもシステム提供しているが、2億円する」との答えでした。

2億円のシステムを医療機関に導入するのはなかなかハードルが高いですよね。 さらに調べたところ、この病院に限らず全ての治験で大量の紙が発生していて、これは非常に大きな課題だと感じるようになりました。

日立製作所入社前、私は総務省で働いていました。総務省も会議が多い職場で、毎朝のように会議資料を印刷して配る中で、紙による会議の非効率性を長年感じてきました。

私はその後、ITに関わる仕事をしてきたこともあり、紙の大量発生をITで解決できないかと感じていたからこそ治験用の紙の電子化に取り組みたいと思いました。

——「Agatha」は価格設定が安価とのことで、小さな製薬会社やバイオベンチャーにとっても使い勝手がよさそうですがどうでしょうか。

「Agatha」は、既存のシステムが使えなかった中小の製薬会社やバイオベンチャーにも多くご利用いただいています。

「Agatha」の何倍もお金払わないといけないようなシステムは、導入のハードルが高くなってしまうため、「Agathaがあって助かった」というお声をいただいてます。

iPS細胞由来の再生医療等製品の開発事業をしているオリヅルセラピューティクスさんも「Agatha」のユーザーさんですね。今後も医療機関・企業共に幅広く使っていただき、ゆくゆくは世界で新薬の開発にAgathaが使われることを目指していきます。
<著者プロフィール>

鎌倉千恵美
アガサ株式会社代表取締役社長

1974年、愛知県音羽町生まれ、東京都在住。
趣味はマラソン(フルマラソン公式記録:3時間51分)

24歳:総務省総合通信基盤局に入省。
27歳:株式会社日立製作所へ転職。
31歳:社費で米国ライス大学に留学し、MBAを取得。
日立に戻り、大量の紙書類で事務手続きに悩んでいる治験現場の現状を知る。
37歳:日立製作所を退職。直接掛け合い、NextDocs Corporationの日本支社代表就任。
41歳:米国の親会社買収に伴い、日本支社が閉鎖し解雇。そこから起業を決意し、3ヶ月後にアガサ設立。
43歳:製薬企業から初の契約を獲得。
医療機関だけでなく製薬企業にもAghata(アガサ)製品を選んでもらえると実感。
45歳:3社から4.2億円の資金調達を完了。
47歳:「EY Winning Women 2021」のファイナリストに選出。

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