企業の強みを新規事業に転換し、成立するためには何が必要なのだろうか。
リブ・コンサルティングにおいて、ベンチャー企業・大手企業の事業開発コンサルティングを行う森一真氏に、日本がイノベーション分野で世界に後れを取った原因と日本に求められる改善策について提言頂く連載企画(第一弾はこちら)。
第二弾となる今回は、日本のイノベーションの拡大に必要な要素ついてご寄稿いただいた。
前回の記事で、日本のイノベーション開発に不足している3つのピース「研究開発」「人材」「オープンイノベーションに向けた取り組み」について解説した。
しかし、それらをいち企業で解決することや、そもそも社会を革新していくようなイノベーション創出は非常に困難である。今回の記事では、企業の強みを新規事業に転換し、成立するための考え方や方策を考えていく。
「新規事業の9割は金にならない」
企業の新規事業の作り方を考える前に、まずは日本の新規事業の実態を把握していこう。定量的に見ていくと、新規事業の立ち上げはここ数年で増加傾向にある。その背景として「近年、中央官庁・地方自治体共に新規事業開発に活用可能な公的支援の予算を拡大する傾向にあり、支援拡充が図られていること」が挙げられるだろう。
参考:野村総合研究所/ニューノーマル時代の新規事業開発におけるアンケート調査
一方でその立ち上げ数に対して「収益化できている新規事業」が少ないと感じている。新規事業開発に携わる方は「新規事業の9割は金にならない」と耳にしたことはないだろうか。
実際に、中小企業庁が公開している『新事業展開の促進』によると、新規事業展開に成功した企業のうち経常利益率が増加傾向にあると回答した企業は約50%、経常利益率が「横這い」と回答した企業は約30%だという。
つまり、単純計算で考えると「成功している」と考えられる企業は10%~20%程度にとどまっているのだ。中には具体的な事業化検討段階でとん挫した事業も多数あると考えられるため、実際のパーセンテージではもっと低い数値になるだろう。
参考:中小企業庁「第3章 新事業展開の促進」
無理やり事業を立ち上げたとしても、収益化できないと事業は廃止となり、結果的に事業の可能性は失われ利益損失だけが残る結果となる。
DX化で失敗と言われているセブン&アイ・ホールディングス「7Pay」を例に見ると、運営責任者の知識不足といった理由から不正アクセスの報告を受けて1カ月後にはサービスを廃止したことが記憶に新しい。
担当者の経験不足やセキュリティ対策を推進できなかったことが原因と言われているが、新規事業において、事業採算性だけでなく運用面を考えることも重要だと改めて考えさせられた。
「インキュベーション」だけが目的になりがち
失われた30年、かつて世界のGDPのトップに君臨してきた日本の国際競争力は低下が続いてきた。1995年以降、GDPは右肩下がりとなっている。さまざまな機関が発表する国際競争力ランクでも同様に、イノベーションや先端技術力、ユニコーンの数など米中との差は開く一方だ。
しかし、日本のイノベーション創出における問題の本質は、イノベーションや先端技術そのものよりも、それを社会に実装し、社会の変革に結びつけること。もう少し簡単に言うと、収益化に繋がる新規事業をいかに多く生み出すかということが重要だと考えている。
先ほど、新規事業の量は増えているが、収益化できている新規事業の数は少ないと伝えたが、現在の日本の新規事業の考え方として、0→1のインキュベーションが目的になっていることが多い。さらに事業開発系のコンサルティング会社も、ここをゴールに支援していることが多いように感じる。
インキュベーションに成功したと思ったのもつかの間、思うようにグロースできずスケールが欠如しているために、大半の新規事業が市場から消えていく。
これでは社員のモチベーションも下がり、企業や事業としての成長するスピードが鈍化していくだろう。そして日本全体の(特に大企業から)イノベーション創出に対する意欲が下がってくる悪循環が生まれている気がしてならない。
それでは、技術・イノベーションを社会実装・変革に結びつけることで、日本の新たな競争力を回復するヒントはどこにあるだろうか。
新規事業開発のあるべきステップ
普段より我々は、ベンチャー企業や大企業向けに新規事業の企画ややその先にある社会実装を目指した事業グロース支援などを幅広く行っている。社会実装の前に新規事業の検討で最も重要な問いは「何を成し遂げたいのか?」ということだ。そして、その方向性に対して「エンドユーザーにどのようにサービスの必要性を感じていただくか・サービスを使っていただくか」「どのような価値を届けるか」「利用する必然性を作れるか」が社会実装の上で非常に重要な点となる。
しかし、前述のとおり社会実装は容易ではなく、まずはしっかりとした新規事業開発のステップを踏んでいくことが重要だろう。以降、「新規事業開発全体像」のステップを整理しながら、事業化に向けたポイントを解説していこう。
ステップ0‐1:経営や事業を見つめ直す
社会実装を目指す上で、さまざまな法規制などクリアしていく部分はあるが、いち企業ができることとして、スタートアップはもちろん、大企業の経営においても、改めて社会的インパクトという視点で自分たちの経営や事業を見つめ直すことは、意味があると感じている。具体的には「どのような社会を作りたいか」「どのような社会的インパクトを生み出したいのか」を再認識し、言語化・明確化することが必要だ。
その上で社内外のステークホルダーと、どの活動がどのような成果に繋がっているかを共有する……それはまさしく「社会と共に奔走しながら実装すること」を段階的に腹落ちしながら進めることである。そんな観点で当社は事業開発コンサルティングを日々進めている。
当社の事業開発事例の代表各の1つにトヨタのウーブンシティが挙げられるように、MaaSやスマートシティなど、多くのステークホルダーとの共創が必要な領域が増えている。この社会実装の考え方がヒントになると考えている。
上の図は当社が支援する際に活用する新規事業開発全体像であり、必要なステップは多くある。
ステップ0‐2:方向性討議
新規事業を考えるにあたってさまざまな検討の方法がある。その中で出発点となるのが以下の3つである。「新たな収益の柱なのかどうか」「既存の事業を伸ばすのか」という視点
「会社として、なぜ我々がやるのか」という“自社・経営視点”
「その事業を展開することで生活者や社会に対してどのような使命を負い、どのような役割を発揮するのか」という“社会視点”
当然、上記の視点では幅が広くなりすぎるため、アイデアを具現化していく上で、その新規事業に望む効果=「プリンシプル」と「領域の絞り込み」(検討する領域と検討しない領域)を行い、自社のアセット活用に近しいところに目を向けていく作業を行っていくことが必要となる。
ステップ1:事業仮説構築
このステップでは、内部的な取り組みとして自社のアセットの棚卸を行う。具体的には新規事業に活用できそうなもの、できないものを整理していくというものだ。ここで、自社の中での魅力的なアセットの目星をつけていく。一方、外部的な取り組みは事業機会の探索である。探索の手法はデザイン思考や戦略思考など、さまざまなものがある。
例えばデザイン思考は、特定の人物にフォーカスして、その人の解決する価値のある課題や、それが未だに解決されていない理由を見つける。そして、その課題を解決でき、かつ自社の事業創出要件に合致すると見込まれる事業仮説を見出すことがステップ①のゴールとなる。
ステップ2:事業性評価
ビジネスモデルは仮説であるため、その不確実な前提の上で、事業が成立するために満たさなければならないポイントがある。その前提を確かめていくことがステップ2であり、我々は「事業成立要件」と呼んでいる。
具体的に言うと、業界動向をデスクトップリサーチやアンケートで取得したり、専門家にインタビューしたり、実際のユーザーにヒアリングしたりするというものだ。もちろん複数の方法を組み合わせることがほとんどだ。
その検証結果を事業性の評価軸に照合して、収益性や実現性、事業推進上のリスクなどに落とし込み、最終的に複数の事業案を評価していくが、基本的には上記の結果を元に絞り込んでいくことになる。
ステップ3:ビジネスモデルの具体化
これまでのステップでは、ビジネスモデルをある程度落とし込めているが、実際に事業として運用しているわけではないため、ビジネスモデル実証の準備を進めていくフェーズが必要となる。ステップ3では、主に事業成立要件が本当に成立するのかを検証するための実証規格を組む。このフェーズでの顧客を、我々は「エヴァンジェリストユーザー」と呼んでいる。このフェースで実際に顧客として相対しながら、パートナー候補と価値提供に挑戦することで事業の実証を行っていく。
ステップ4:事業計画策定
ステップ4では、これまでに実証を通じて得られた知見を元にブラッシュアップしていき、その上で、事業のロードマップを引いていく。当然、一気に市場を獲得しに行くことはなく、市場参入戦略を精緻に検討することになる。収支のシミュレーションを行い、KPIの設計、マイルストーン毎の進退ラインや、推進に必要な社内体制・パートナーなどを特定し、事業開始までの計画を進めていく。
ステップ5:事業化
社内で承認を得た後は、組織体制を構築したり、各パートナーとの正式な契約の締結、営業・マーケティング戦略の精緻化やトライアルプロモーションなどを仕掛けたりしていく。この事業化の先にPMFなどがあるが、このステップでは事業を推進する先にある障害を予測し、乗り越えていく体制作りやノウハウをインプットしていくことが重要である。
以上のステップが当社が事業開発や支援する際に、取り組んでいく内容のイメージである。各ステップを省略したり、飛び越えて検討したりすると、事業化した後に思わぬ事故や障害に気づけないケースが発生してしまう。
その結果「そもそもまったくニーズがないプロダクトを開発してしまう」「サービスが売れたとしても撤退を余儀なくされる」「サービス改修が続き、利益確保がどんどん後ろ倒しになってしまう」など、収益化に繋がらない事業となるリスクが増えてしまうのである。
収益化においてはどのステップも重要
今回の記事では、「収益化に繋げる新規事業」をどう考えるか、という点で新規事業の基礎的な部分を解説してきた。基礎的な内容と言えども、各フェーズのスコープをしっかりと理解し、実践できている企業は多くないのが実態ではないだろうか。ステップ0~5までの中でどこに注力すればいいというわけではないが、当社ではステップ5で事業化を行う際に、事業のPMFに向けてグロース支援を伴走並行して行うことが多い。
次回の記事では、事業化や、その先にある“社会実装“に向けたポイントを深く解説していこう。
<著者プロフィール>
森一真
リブ・コンサルティング 事業開発事業部DXチーム
シニアコンサルタント
公認会計士協会準会員。新卒で財務・M&Aコンサルティング会社に入社し財務コンサルティング業務を担当。その後、ゲーム会社にてスマホゲームのディレクター兼アナリストとして顧客データ分析、ゲーム企画、UI・UXプランニング、マーケティング業務を経験。
前職のデジタル系コンサルティング会社では、 国内大手データホルダーと協力しデータ活用デジタルマーケティングコンサルティングを実施。その後、同社においてAIコンサルティング新規事業の立ち上げを担当。コンサルティングの傍ら、AI系大手ベンダー複数社と連携しソリューション企画開発や登壇活動を行う。
リブ・コンサルティングではデジタル領域事業開発コンサルティング全般を担当。コアスキルはソリューション企画。特に、データ・AIのビジネス活用に強み。