これは、現代の社長の多くが頭を悩ませる問題でしょう。トップダウン・ボトムダウン等、組織における意思決定のスタイルはいくつもありますが、社長のみが会社の方針を左右する戦略的意思決定に関与するのにはもはや限界が来ています。
不確実性が増し、高速化する経営環境の変化に対して、組織が順応していくためには、社長の良きパートナーとなる経営人材の果たす役割が重要である一方、今日に至るまで経営人材の育成に関する明確な解決方法は見つかっておらず、より現場は危機感を増してきているといいます。
人間性をビジネスに活かす組織戦略家集団である株式会社ITSUDATSUの代表取締役・黒澤伶氏に、経営人材の育成と構造的な課題についての考察をご寄稿いただきました。
1.「経営人材」の役割と期待
そもそも「経営人材」とはどのような人材のことを指すのだろうか。まずは経営人材の役割と期待について考えてみたい。経営人材とは、「会社の経営成果に対して全責任をもつ取締役・執行役員クラス」のことを指す。つまり、将来自社の経営者や経営幹部を任せられる人材を言う。しかし、想定されるポストは企業によって異なることが多い。
経済産業省の調査によれば、経営人材の想定ポストとして、「事業責任者(66.7%)」、「副社長・専務・常務(64.7%)」、「CEO・COO/社長(58.8%)」などの比率が高い結果となった。
この経営人材の役割は、私は大きく3点あると考える。
①自組織の存在意義を見出し、伝え続ける
組織における揺るがない存在意義を見出し続けてこそ、経営人材である。「我々の役割・使命・価値」を本質的に探究し続け、机上の空論ではなく目の前のビジネスの活動に向かう実践の中で探究し続けることこそが大事になる。この実践を通じて「組織の魂」を深掘り、この活動が組織の理念やビジョンとして結びつくようになる。
②将来を構想する力と戦略的意思決定
短期的な視点にとどまることなく、数年後の市場環境や業界の動向も踏まえた将来を構想する力とそれに基づいた自社の本質的役割や方向性について戦略的に意思決定する力が問われる。ミドルマネージャーが「短期的・部分最適」思考であるのと比較し、経営人材は「長期的・全体最適」思考の転換とジャンプアップが求められる。
③自律度合いを組織内に伝染させる
①②の役割を期待される経営人材には胆力と強い意志が求められる。自らの中心軸となる確固たる信念や強い意志をもち、全人格的な素質や能力が問われる。言い換えれば、高い自律性が求められる。経営人材には高い自律性を自ら保持するだけにとどまることなく、この意志を起点に組織に伝染・波及することが大事になる。経営人材にこそ求められるのはこの「高い自律性の持続」である。
このように、ミドルマネージャーと経営人材を区別するとしたならば、既存の事業やオペレーションを「回す」のがミドルマネージャーであるのに対し、経営人材は曖昧かつ抽象度の高い最上位の経営事項に対して、組織全体や外部環境の動きを洞察し、戦略的に意思決定し、無から有を生み出す「創る」力が求められる。
この創る力をもった経営人材の育成が企業には喫緊の課題として求められている。経済産業省の調査によると、経営人材の確保・育成の状況について「どちらかといえば不安(55.7%)」が多数を占めているのが現状だ。
また、経営人材の確保・育成に関してすでに「取り組みをしている」と答えた企業でも、「どちらかといえば不安」「不安」が52.9%まで上がった。各企業とも、経営人材の育成に何らかの課題を感じている状況が伺える。
2.企業の成長の柱となる「経営人材」育成の高まるニーズ
では、今なぜ経営人材が求められているのか。背景には、時代環境の変化と日本的な雇用慣習の構造的な問題がある。大きく2つ紹介する。①脱・既存事業偏重主義と求められる非連続な新規事業の創出
これまでの大量生産・大量消費型の工業化社会では、規模の経済を活かし安価で高品質な製品を大量生産することと、業務を細分化・分業化・標準化することで組織は成長してきた。同時に経済も右肩上がりで成長した「作れば売れる」時代では、効率性の良い既存事業の成長が優先され、事業拡大の結果として自社事業や社内事情に精通した人材が経営を担っていた。
しかし、時代は大きく変わり、不確実性も高く、外部の環境も格段に変化のスピードが早くなった。この時代では、新たな価値を創造する組織こそが競争優位性の源泉になる。
新たなアイデアや事業を通じて、新たな価値を長期的に生み出し続けることが必要になる。組織内の一人ひとりの豊富な知識を集合知化し、顧客や社会の潜在的なニーズを先回りできる感性が強く求められている。
こうした環境の変化と共に、企業が持続的な競争優位性を得るためには、既存事業偏重主義から脱却し、非連続的な新規事業による事業の創出がカギになる。
②平等主義的な年功序列型の日本的雇用慣習による「遅い昇進」
これまでの日本の平等主義的な人材開発では、「経営人材は育てられるものではなく、企業内における長期的な競争の中で自然と生まれ・成長してくるべきものだ」と考えられていた。つまり、人材育成の計画が欠如し、平等意識から人材の経営投資にも優先順位もつけることができず、既存事業の中で活躍が目立つ人材を経営人材に昇進してきた背景がある。結果、諸外国と比較し、あまりにも遅すぎる昇進構造となってしまった。
この日本的雇用慣習こそが経営人材の早期発掘ができず、埋もれてしまう1つの背景だと考える。
欧米の一部では、20代、30代の早い段階から実務を通じて経営やマネジメント経験を積んでおり、同じ年齢で比較した際に培われる経験や能力が明らかに不足しているといっても過言ではない。
一部の日本企業では人材の早期選抜が行われていたものの、スピード感、戦略性、大胆さが国際的なレベルで必ずしも十分なものとなっていないのが実情である。
3.「経営人材」育成に成功するための3つのステップ
それでは、経営人材ならではの能力を身に着けるにはどのようにすれば良いのだろうか。さらに組織の中で、どのように育成をしていったら良いのだろうか。ここからは経営人材の育成の成功可能性を高めるための3つのステップについてご紹介したい。これまでも国内では2000年あたりから経営人材の育成の必要性が説かれ、選抜型の教育研修の実施やグローバルな経営人材の育成の目的で国内外のビジネススクール(MBA)に社費留学させる制度も存在していた。
しかし、両者共に座学で学べることには限界があることが問題視され、実際のビジネスの複雑性に対応できるような応用力を身に着けることは難しいとされてきた。
上記を踏まえ、今の時流に沿った形で経営人材を育成をするにはどのようなステップがあるのだろうか。経営人材の育成方法は、各社それぞれの考えや事情によって様々な形があるが、実際の取組みを行っている企業の実例を見ると、いくつかの共通パターンが見られる。
①人材選定
この「適切な人材選定」こそが経営人材育成の成功の一丁目一番地であると言っても過言ではない。多くの企業では、既存事業で数字を叩き出してきた人が経営人材まで昇進することが多い。しかし先に記述した通り、経営人材には、「自組織の存在価値を見出し続ける」「戦略的意思決定力」「自律度合いに基づいた組織マネジメント」こそが求められる。
ここで、すでに形や仕組みが整っている既存事業での業績成果による経営人材の登用が大事なのではなく、未知なものにも自分自身の哲学や意志をもち、リスクを恐れずに戦略的な意思決定をする人材こそが選定されねばならない。
この内発的エネルギーが駆動の源泉となる人材を見つけようとする必要がある。そのためには、経営人材こそが「自律」する必要がある。また、自律には2つある。「社内的自律状態」と「社会的自律状態」である。
社内的自律とは、与えられた環境において自律できる人だ。そして、与えられた環境内における自分の役割を探究・向上させ続ける。
社会的自律とは、環境が与えられるかどうか、は関係ない。自らそれを創り出すこともできるし(起業など)、自らの意志で環境を選び所属することもできる。社内にいても、社内という枠を超えて、社会的視野から自分の立ち位置や在り方を探究・向上させ続ける。
業績成果に偏った経営人材の選定ではなく、社会や事業に向き合う姿勢や内発的エネルギーをもち、自らが発生源・中心点としての在り方に喜びを感じる人材の選定を行うと良い。
実はこの業績成果偏重主義による経営人材への抜擢こそが組織のエンゲージメントの低下を招き、貴重な自律人材の離職につながっているケースも少なくない。
②タフアサイメント
①の人材選定のステップが終了したならば、次に行うのが選定された人材への「良質な経験」を戦略的かつ意図的に促すことである。組織の課題は「適切な人に適切な仕事の質と量が配分されない」ことによる不必要なコミュニケーション、不必要な戦い、不必要な縛り、不必要な自由、不必要なマネジメントが発生することから生まれる。
まずは、この経営人材候補にこそ、適切な背伸びした良質な経験を配分することが大事になる。
その上で、どのようにすれば、自律を促すことができるのかについては、様々な研究結果で「経験学習」だと考察されている。
適切な経験学習を積ませる上では、縦割りや前例踏襲を排除し、若手に経営の経験を積ませるための「タフアサインメント」となるポジション、具体的な例としては、「新規事業」「不採算事業の整理」「海外子会社のトップ」などへの配置が重要となる。
さらに、社内で培えない経験を積ませるために、「武者修行」として、ベンチャー企業および中堅企業への出向、国際機関や他組織への出向といった、外部との接点を考慮することも有効である。
この実際の具体的な「修羅場経験」を通じ、本人個人の内的葛藤を引き起こすようなプロセスにおいて、日々内省を深めていくことが必要になる。
これまでとは異なる視点、価値観をもって事業を経験すること、さらに言えば、これまでの成功パターンをアンラーニングし、0ベースで事業を経験することが将来経営人材として活躍する上での貴重な経験になる。
③経営陣のバックアップ
最後に欠かせられないのが、経営陣のコミットメント(支援)である。経営人材の育成には、社内の様々な関係者の理解と支援が必要であり、さらにはCEOの強い覚悟が必要になる。やはり、CEOを中心とした経営陣のコミットメントと深い関与が重要となる。人事部門に育成プログラムなどをお任せにするのではなく、経営陣が先頭に立って、これからの未来の経営人材の社内の発掘や定期的な関与が必要だ。
「誰が会社の命運を握っているのか」
「その人のポテンシャルを最大限引き出すために、成長のための機会と環境を与えているのか」
という問いに対して経営陣(特にCEO)は自問することから始めてはいかがだろうか。意外な場所で意外にも大きな価値をもたらす人材がいるかもしれない。それほどまでに社内を隅々までアンテナを張る必要がある。
4.明日から取り組める経営人材の育成について
これまで経営人材の育成に関して考察してきたが、最も大事な組織カルチャーは「いつか全社の経営にチャレンジしてみたい!」と思う意欲的な若手を増やし、そして埋もれさせない、ということである。責任がのしかかってくる管理職になりたがらない若手が多いと言われる今、経営人材になりたい人が本当に社内にいるのかどうかは半信半疑の人がいるかもしれない。
しかし、私は今のVUCA時代だからこそ、自律的な考えをもち、内発的なエネルギーに満ちた若手が増えてきたと感じており、時機が巡ってきたと感じる。
だからこそ、今の経営人材が魅力的である必要がある。自律し、感性豊かな意欲的な若手が組織や経営人材に幻滅しないように、現経営人材こそ学び続け、変化し続けることが何より大事ではないだろうか。
<著者プロフィール>
黒澤伶
株式会社ITSUDATSU
代表取締役
早稲田大学人間科学部卒。デル株式会社(現:デル・テクノロジーズ株式会社)、株式会社ビズリーチ(現:ビジョナル株式会社)、コーチングファーム取締役を経て、株式会社ITSUDATSUを創業。「ITSUDATSU(非直線的な現象)を再現性の高い世の中にする」という大義の下、要人材を起点とした独自の組織活性方法で累計300以上のプロジェクトを推進。現在、複数社の取締役CHRO(非常勤)を歴任。