マスクの扱い方、手洗いの仕方などの情報が一般に流通する段階において不本意な形で加工され、情報の受け取り手が都合のいいように解釈を行い、結果として必要な情報が伝わらないという状況に陥っているといいます。
今回は、民間病院で救急外来の看護師を務めるくまさんR.N.氏に、感染対策の情報が伝わらない現状や、「当事者意識」の重要性についてご寄稿いただきました。
※本記事の内容は筆者の私見であり、所属する医療機関の方針等を代表するものではありません。
※本記事にはいくつかの患者情報が含まれていますが、多数の患者情報を統合した上で個人が特定できないように症例を再構築したものであり、特定の患者を指し示してはいません。
感染者数に含まれる「1」はかけかえのない1人
少し変わったことを問います。COVID−19患者とは「誰」のことでしょうか?
医療従事者とは「誰」のことでしょうか?
時報のように「今日の新型コロナウイルスの感染者数は○人、新規感染者数は×人です」と、テンプレートに当てはめたような報道が日々流れています。
それでは、この数字の中には「誰」が入っているのでしょうか?医療がひっ迫しているとニュースで報じられていましたが、ではそこで働いている人たちは「誰」でしょうか?
統計データは非常に無機質なものであり、どれほどデモグラフィックデータを詳細に示したとしても、その数字の中に「誰」が入っているかを伝えることはできません。
テレビや新聞でどれほど統計データを示したとしても、その中身を想像することは難しいでしょう。
ここで重要なのは、統計データに組み込まれるぞれぞれの「1」は、かけがえのない1人の人間の人生に相当するという事実ではないかと筆者は考えております。
患者、医療従事者と一括に括られることが多いですが、各々の人生を歩んでいるのです。
正しく伝わらない「情報」
またもや変なことを問います。正しくマスクを取り扱えますか?
きちんと手洗いをしていますか?
きちんとアルコールによる手指消毒できますか?
COVID−19が流行し始めて3年弱の月日が経過しましたが、これらができている人はどれほどいるのでしょうか?
統計データを取ったことはありませんし、先行研究を見つけたわけではないため、このセクションに関しては筆者の私見となります。
当然のことながら、マスクは飾りではないので正しい使い方があります。鼻を出して着用してはなりません。それは骨組みだけになった傘を差して雨の中を歩くようなものです。
マスクの表面は触ってはいけません。マスクは外界から身を守るためのフィルターであるため、マスクの表面を触ることは自らの手指を汚染しにいっているのと同等です。
着用後のマスクで触っていい部位は、ゴム紐の部分だけです。飲食店に入った瞬間にマスクを外す人がいますが、最も感染リスクの高い場所で感染防護具を外したらCOVID−19に罹患する可能性が高くなります。
手洗いは指先から手首までしっかり洗う必要があります。石鹸を用いた流水手洗いは1回あたり30秒かけて行うのが一般的です。
公共施設のトイレには手洗いの方法を丁寧に図示したものがあるので、一度確認することをおすすめします。
2020年にダイアモンドプリンセス号で発生したCOVID−19集団発生の調査報告でもリモコン・机・電話機などの頻繁に手を触れる場所を介した感染の拡大が指摘されており、手洗いの重要性が指摘されています。
ちなみに、医療機関では手洗いの洗い残しがあるかを定期的にテストしているところも多く、私も学生時代から現在にかけて複数回テストを受けてフィードバックを受けています。
また、私が生活している範囲ではありますがアルコールによる手指消毒を適切に行なっている人を街中で見たことはありません。
資料によりますが、石鹸による手洗いと少しだけ手順が違います(指先の消毒が序盤に来ています)。目に見える汚れ・食事の前・トイレの後・家に帰った後は、基本的には石鹸による手洗いが推奨されます。
目に見える汚れがあるときにアルコールによる手指消毒をしてしまうと汚れが取れにくくなるため、汚れがあると分かっているときは石鹸で手洗いが必要です。こちらは15秒以上擦り続ける必要があるとされているため、15秒未満で手が乾いた場合は効果が限定的になります。
以上のことは、どれもニュースで取り上げられていて、政府広報でも周知されていて、公共施設で掲示までされているものです。
特に手洗いは確立している感染対策の中でも最強と言って過言ではないくらい強力な手段です。しかし、このような情報が一般に流通する段階において不本意な形で加工され、情報の受け取り手が都合のいいように解釈を行い、必要な情報が伝わらないという状況に陥ります。
結果として、見栄えは対策をしている風を装えたとしても、感染対策が不十分となっていたのではないでしょうか?情報は適切に伝わりません。
「これから、どうしたらいいんですか?」への答え
私が第7波でCOVID−19対応をしていたとき、多くのCOVID−19患者とその家族から聞かれたことがあります。「私たちはこれから、どうしたらいいんですか?」
COVID−19が流行し始めてから、もう2年半も経っているのです。政府や医療機関は膨大な時間と人材と資金を投下してCOVID−19という生物学的災害へ対応してきました。その過程でたくさんの情報提供を行なってきました。
それにも関わらず「私たちはこれから、どうしたらいいんですか?」という質問が出てくるのです。
これに対して私は「自分で調べてください」と返すしかありません。
対応が自治体によって異なる場合が多く、「どのような行政サービスが受けられるか」までを医療機関が把握ですることはできません。また、そもそも機能不全になって麻痺している医療機関でそのような質問に答える余裕もありません。
ある日、私は病院から自宅に帰ってきて、「コロナになっちゃった。ホテル隔離できるかな」という友人からの通知に気付きました。
軽症で既往歴がない、一人暮らしをしている友人に、COVID−19の現状とホテル療養が現実的ではないと伝えます。そのときは、東京都内で数千人という単位で入院待ちという状態でした。
その後、友人から「なんで!?」との返信が。
頭がよくて情報収集もしっかりしていて、メディア産業で働いている友人からそのような反応が返ってきたとき、私は天を仰ぐしかありませんでした。そして、私は再び患者の元に向かったのです。
当事者でない人は存在しない
COVID−19という生物学的災害を経験して明らかになったことは、当事者でない人は存在しないということではないでしょうか?筆者も「あなた」も同じ社会で生きていて、同じ社会を共に創り上げています。COVID−19で亡くなった人、重篤な後遺症を負った人、COVID−19にはならなかったけれど生活上でさまざまな影響を受けた人……。逆に、まったく影響を受けなかった人や、むしろプラスの影響を受けた人もいるかもしれません。
本当にさまざまな人がいると思います。いつ、誰に、何が、どのような形で降りかかってくるか分かりません。
あらゆる意味で、私たちはCOVID−19の当事者なのかもしれません。
これまでたくさんのことを書いてきました。激増したCOVID−19の感染者、機能不全となった救急医療機関、物資が不足して人も足りない限界の状況で対応した医療従事者、圧迫された通常救急、できていると思い込んでいるけれど実際にはできていない感染対策……。
ほかにも例を挙げようと思えばいくらでも挙げられる状態であるのが悲しいところです。
この現象の発端は、紛れもなく「あなた」です。毎日会社で働いている「あなた」であり、学校に通っている「あなた」であり、家族と一緒に生活をしている「あなた」であり、この記事を読んでいる「あなた」です。
「あなた」がこの社会を構築し、「あなた」の行動で社会が成り立っており、「あなた」の生活様式がCOVID−19の流行を招いている側面もあります。
「あなた」はCOVID−19に関わった「当事者」として、これからどのような社会を創っていきますか?
第1回はこちら
第2回はこちら
<著者プロフィール>
くまさんR.N.
アメリカ心臓協会BLS/ACLSインストラクター
アメリカ心臓協会ACLS-EP/PEARS/PALSプロバイダー
ELNEC-Jコアカリキュラム/クリティカルケアカリキュラム修了
上智大学総合人間科学部看護学科卒業(看護学学士)。2019年に看護師免許を取得。大学病院勤務を経て神奈川県の民間病院で勤務する。COVID−19病棟の立ち上げメンバーとして勤務した後に心臓血管外科集中治療部へ異動し、その後救急外来でCOVID−19対応に従事する。2023年4月から大学院へ進学予定(クリティカルケア看護学)。