そこで今回は、日本初の“広告漫画専門”の制作会社として創業した株式会社トレンド・プロ 広報担当絹の絹巻玲奈氏に、コロナ後の社員教育に漫画が使われる背景を事例とともにご寄稿いただきました。
日本語の「漫画」が、世界共通の「manga」となり20年ほどのときがたとうとしています。いまや漫画は、読んで楽しむものだけでなく、広告表現の一つとして、または研修用教材にも用いられるなど、その活用の幅をますます広げています。
私ども株式会社トレンド・プロは、1988年に、日本初の“広告漫画専門”の制作会社として創業し、企業紹介/サービス紹介/商品PR/企業の理念共有/採用/IR……などなど、さまざまな目的の漫画を制作してきました。
さて、そんな弊社の過去3年間の売上分析を行ったところ、非常に興味深い傾向が見えてきました。それは、「クライアント企業が、自社内で配布・活用する資料に載せる漫画」を制作するという案件が、2年前の同時期の売上の1161%だったのです。じつに、11倍という驚異的な伸び!
今回は、企業内で配布・活用する資料への漫画活用がなぜ今伸びているのか、事例をもとに理由を考えていきます(企業内で配布・活用される資料、つまり「インナーツール」向けの漫画ということで、「インナー漫画」と呼称することとします)。
インナー漫画の売り上げが激増した理由
インナー漫画の売上が11倍になった要因としては、次の3つが考えられます。①コロナ禍
対面での研修やコミュニケーションができなくなったため、最後まで読んでもらえそうな漫画を活用する企業が増えた。また、テレワークの普及により、オンラインでの教育・コミュニケーションが必要になったため、研修ツールなどに、心理的ハードルの低い漫画を活用した。
②働き方(価値観)の多様化
いまや転職が普通のことになったため、従業員エンゲージメントを向上させる必要が出てきた。会社のビジョン・ミッション・バリューを定義し、従業員の帰属意識や仕事へのモチベーションを高めようとする企業が増えた。
③生産性向上の必要性
①、②のような背景から、今まで以上に従業員一人ひとりの生産性を向上させる必要が出てきたため、その施策として理念共有・社員のスキルの底上げなどで漫画を活用した。
「コロナ禍」がきっかけとなり漫画を活用し始めた事例を紹介します。ファッションビルを展開するPARCO様は、コロナ前まで、テナントの従業員に対して対面で研修を行っていました。
PARCO独自のポイントサービスの説明や勧誘といった、接客に関する研修でしたが、コロナ禍で対面での研修はできなくなりました。
研修のあり方はコロナ禍でどのように変わったのでしょうか?まず、最初に行った研修の方法として、研修内容をビデオに撮り、動画を用いた研修を行ったそうです。
しかし、流し見されたり、受講者が終始、受動的で内容が定着しなかったりと、期待した効果が得られなかったといいます。
そこで、研修内容を漫画にして配布したところ、受講者の理解浸透が進み、「わかりやすかった!」という喜びの声も多く得られたとのことです。
コロナにより転職・中途採用が増え、日本国内の企業でも年功序列の体制が崩れつつあります。また、テレワークの企業も増えたことで社員同士の雑談の機会も激減しています。
この数年で、企業内でのコミュニケーションのあり方は大きく変わっています。そこで次に、インナー漫画活用を切り口に、これからの企業と従業員のあり方について探っていきたいと思います。
いま企業が直面している課題
まず、いま企業が直面しているインナーコミュニケーションについての課題を整理しましょう。「インナーコミュニケーション」とは、企業理念を共有するために会社から社員へメッセージを発信することや、社員同士のコミュニケーションのことを指します。社内広報や社内コミュニケーションと呼ばれることもあります。インナーコミュニケーションの課題は、2つあると考えています。
課題その1:従来のトップダウン(上意下達)型の伝達が意味を成さなくなった
新卒一括採用で、就職したら定年まで同じ会社で働き続けることが当然と考えられていた頃は、企業の理念や目標など、上司から一方的に伝えられ、それを従業員が自然に受容することが当たり前でした。しかし、転職での離職や中途採用が普通のことになり、入社年度も、前職での経験や背景もバラバラという人たちがいっしょに働くようになりました。このことにより、社歴や経験による上下関係が希薄になりました。
上下関係が希薄になったことで、会社と従業員の関係性も大きく変化しています。「会社から言われたことを従順に守る」から、「従業員も積極的に意思表示して、目標設定や労働環境を整えていく」ようになってきています。
ビジョン・ミッション・バリューを従業員が各々納得し、自分ごとに落とし込むことが求められるようになりました。
課題その2:生産性向上のためコミュニケーションの改革が求められるようになった
顧客のニーズや経済動向の変化のサイクルは、この数年でどんどん加速しています。半年前の流行なんてもはや時代遅れと言われるほどめまぐるしい変化が起きているいま、企業もその変化に対応していかなくてはなりません。そんなとき、従来の年功序列・トップダウン型の仕組みでは、臨機応変に対応できず、企業としての成長も難しくなってきました。
生産性を上げるためには、変化を敏感に察知し、素早く対応できる組織にしなければなりません。
そのようなフレキシブルな組織を作るべく、企業としても評価制度を見直したり、1on1ミーティングを導入したりして従業員のエンゲージメントを上げる必要があります。
企業が取り組むべきこと
これらの課題を解決するために、企業はどんなことに取り組めばよいのでしょうか。まずは、企業と従業員双方で、目指す方向を合わせる──つまり、目線を合わせる必要があります。会社のビジョンやミッションに従業員が共感し、それに沿ったバリューにのっとって日々業務を進めることが大切です。
そして、離職者を減らすため、従業員のエンゲージメントを向上させる必要もあります。エンゲージメントが低い状態では、離職者が後を絶たず、人員の補充と研修の無限ループで、習熟した社員がなかなか増えません。
採用には大きなコストがかかります。習熟した社員が不足すると、企業としての生産性も上がりません。
先で述べた課題の1つ目、「トップダウン型の伝達が意味を成さなくなってきた」ことへの対応策としては、「従業員ファースト」のインナーコミュニケーションを取ることが鍵になります。
会社側から積極的に社員に情報を開示し、研修によるスキルアップの場も設けていく必要があります。その際、コミュニケーションで気をつけるべきことは以下の3つ。
- 会社から伝えたい内容が従業員に伝わる
- 自分事化しやすい(各自がリアリティを感じる)
- 従業員が会社から伝えられた内容を実行しやすい
会社が従業員に一方的にビジョン・ミッション・バリューを「伝える」だけではなく、それらを理解し行動にうつせる「きっかけ作り」と「支援」にも取り組むべきなのです。
2つ目の課題「生産性向上のためコミュニケーションの改革が求められるようになった」を解決する取り組みとしては、次の3つのステップが考えられます。
- 合理的でわかりやすい組織ルール作り
- 実現のための施策(評価制度の見直し・目標設定・1on1・中期経営計画……等)
- その理解浸透
ただし、課題と取り組むべき施策がわかっていても、何から始めればいいかわからない、という方も多いでしょう。そこで、漫画の活用です。
インナーコミュニケーション、生産性向上のためのコミュニケーションで、情報を伝えるツールとして漫画が採用されるケースが増えています。
なぜ漫画がいいのか?
なぜ「従業員ファースト」のコミュニケーションツールとして漫画が最適なのか。その理由は以下の通りです。【浸透しやすい】
- アイキャッチ効果があり、文字だけのものより圧迫感も少なく、読むまでのハードルが低い
- ビジョンやミッションといった抽象的な内容も、ストーリーと具体的なシーンで読み解くことができ、わかりやすい
- 読み手が感情移入しやすく、最後まで読んでもらえる
【共通認識が持てる】
- ビジュアルを通して具体的に理解できるため、社内で共通認識が持てる
【使い勝手がいい】
- 動画視聴は時間的に拘束されるが、漫画は読み手のペースで読み進められる
- 隙間時間で読むこともできる
- フキダシ内の文字を翻訳するだけで海外の従業員向けとして流用可能
これからの新しい情報伝達ツールとして、漫画はたいへん有効なのです。
事例
実際にどのように活用されているのか、いくつか制作事例をご紹介します。①アース製薬様(中期経営計画の漫画化)
急成長を遂げている同社は、グローバル展開・多角化を進めていますが、変革の方向性が社員にとって理解しづらくなっていたといいます。会社としての目標を社員全員で共有できるようにと、中期経営計画を策定したものの、内容が難解でなかなか理解が進まなかったそうです。
異なる部署同士の相互理解も乏しく、そもそも他部署への関心が低いという課題がありました。そこで、川端社長主導で「社員に伝わる中期経営計画」とするため、漫画版中期経営計画を作成しました。
漫画は、章ごとに舞台となる部署を変え、それぞれの主人公が中期経営計画を体現しながら成長していくストーリーとなっています。
社内イントラネット(会社内など限定された人のみがアクセスできる情報網)で公開したところ、多くの社員が積極的に読み、特に若手社員から好評を得ているとのことでした。
中期経営計画への理解が進んだだけでなく、他部署への関心も高まるといった効果も発揮しています。
②シーメンスヘルスケア様(パーパス・バリューの漫画化)
昨年、医療機器大手シーメンスヘルスケア様が、放射線治療機器大手のバリアンメディカルシステムズと統合した際、会社の理念(パーパス・バリュー・コミットメント)を再定義しました。社員の帰属意識を高め、社員一人ひとりが理念をしっかりと理解し、自分の業務に落とし込めるよう、「管理職編」「一般社員編」に分けて、漫画を制作しました。
漫画は、社内イントラネットや社内報で発信され、社員からも好評を博し、その後、海外支社向けに英語版も作成しました。
③PARCO様(研修ツールの漫画化)
先ほども紹介したPARCO様です。コロナ禍で対面で行っていた研修ができなくなり、一度は動画研修(講師が話しているもの)にしました。しかし、受講者の理解度も期待したほどの結果が得られず、動画視聴後に不明点への疑問・質問が多数出てきました。
そこで研修ツールをストーリー性がある漫画にしたところ、対面研修のときより多くの従業員に行き届き、かつ「不明点はありません」「わかりやすかった」という声も多く届いたそうです。
まとめ
このように、コロナ禍で働き方の変化などの要因が重なり、企業はインナーコミュニケーションのあり方において、大きな転換期を迎えています。これまであまり重要視されることのなかった分野ですが、成長に貪欲な企業ほど、上記のような新しい施策を導入しています。
転職のハードルが低くなった今、企業側は「従業員ファースト」なコミュニケーションを心がけることで、従業員エンゲージメント向上、ひいては生産性の向上が見込めるのではないでしょうか。
皆様も、これを機に自社のインナーコミュニケーションのあり方を見直してみてはいかがでしょうか。
<筆者プロフィール>
絹巻玲奈
株式会社トレンド・プロ 広報担当
明治大学卒業後、新卒で株式会社トレンド・プロに入社。広告をはじめとした企業向け漫画の編集を行う。入社2年目に広報の立ち上げを行い、現在は広報・漫画編集・採用などに携わる。株式会社トレンド・プロ:https://ad-manga.com/