今回の法改正のポイントやそれが人材業界に与える影響について、求人ビッグデータで人材業界を支援する株式会社フロッグの代表取締役・菊池健生氏にご寄稿いただきました。
法改正の目的は求職者の保護にある
今回の法改正は、「求人メディアが守るべきルールを明確にすること」を目的としています。これまで人材紹介や人材派遣は運営に国の許認可が必要でしたが、求人メディアは許可や申請の必要がなく、誰でも自由に運営できる状態でした。それに加えて近年、求人メディア以外にも職業安定法に規定のない新しいサービスが生まれてきました。特にインパクトの大きいところでは求人検索エンジンが挙げられます。
これらのサービスは求人情報をクローリングしている、つまりインターネット上に公開されている求人情報を自動で拾ってきて掲載しているわけですが、拾ってきた情報は玉石混交なのが実態です。
中には、法律に違反してしまっている求人や、応募者を集めるために実際よりも高い給与を提示するなど虚偽の記載をしている求人なども含まれていました。
求人情報を誰がどんな意図で発信しているのか実態が分からず、新サービスの登場によって質の悪い求人の露出が増え、トラブルの種となっているようです。この現状から求職者を守るためにも、時代に即したルールの整備が必要になったというのが、今回の法改正の経緯です。
押さえておくべき、改正の2つのポイント
この背景を踏まえ、法改正の大きなポイントは2つあると考えています。1つ目は「募集情報等提供の拡大と、特定募集情報等提供の新設」、2つ目は「的確表示の義務付け」です。まず1つ目の「募集情報等提供」についてですが、おおまかに言えば求人情報や求職者情報を提供している事業がこれに当てはまります。
これまでは企業や求職者からの依頼を受けて提供しているサービスのみが該当していましたが、今後はWebから収集したもの、いわゆるクローリングで集めた情報を提供しているサービスも該当することになりました。
これによって、先ほど述べたような求人検索エンジンなどのサービスも職業安定法の対象になります。
次に「特定募集情報等提供」についてですが、これは今回新設された枠組みです。募集情報等提供事業の中でも、特に求職者の情報を収集・提供している場合に該当し、国への届出が必要になります。簡単に言えば、求人メディアが届出制になるということです。
届出制をつくったことによって、どんな企業が求人事業を行っているのかを国が把握しやすくなります。求職者からのクレームや相談があった場合に、行政による指導や処分ができる状態になるのです。
特に個人情報を取り扱っている事業者に関してはしっかりと管理できるように、特定募集情報等提供の枠組みをつくったのだと考えられます。
2つ目の「的確表示の義務付け」については、虚偽の表示や誤解をさせる表示をしないことが主な内容になります。求人票には月給30万円と書いてあったのに実際は20万円だった、正社員と聞いて入社したのにアルバイトで採用された、などのケースが虚偽の表示にあたります。
また、有名なグループ企業の名前を大々的に打ち出し、あたかもその会社に入れるかのように宣伝するのは誤解をさせる表示と言えます。こうしたトラブルのもとになる表記はしてはいけないと定められました。
また、求める人材の要件は日々変わっていくものです。たとえば、もともと営業マネージャーを募集していたけれど、そのポジションが埋まったので今度は営業メンバーが必要になった場合。求人原稿を変えていなかったためマネージャー志望の人が応募してきたけれども、今は営業メンバーでしか採用できないと伝えたら話が違うとトラブルになった……。
こんな事態を避けるためにも、常に求人情報を最新に保つように義務付けられたことが、今回の改正のポイントと言えます。
人材業界は求人内容の確認・管理を求められる
改正にともなって、人材業界は様々な対応が求められます。まず求人メディアに関しては、的確表示への対策が必要になります。求人メディアの中には求人企業の依頼を受けて求人原稿を制作するものと、クローリングで集めた求人原稿を転載しているもの、そして求人企業が自ら求人原稿を作成して入稿するものの3タイプがあります。
社内に取材班があり、企業からの依頼を受けて求人原稿を作成しているメディアには、大きな影響はないでしょう。モラルを持って運営してきた企業であれば、これまでも虚偽や誤解を生む表記はしていないはずだからです。
しかし、求人企業が直接入稿するタイプのメディアでは、入稿された内容を確認・管理する必要が出てきます。求人企業はこうした規制に明るくないことが多いので、「こういう表記はできないので、こうしてください」といった指導が求められるでしょう。
また、クローリング型のメディアでは、取得してきた求人原稿の中から不適切なものをはじく対応が必要になります。自動で拾ってきた求人情報をひとつひとつ確認することは難しく、この対応をどうするかが課題になりそうです。
チェック体制を新たにつくるとなれば、システムの費用や人件費がかかり収益性にも影響が出るかもしれません。
次に人材紹介・人材派遣についてですが、ここでは自社で自ら発信する媒体であるオウンドメディアを持っている場合に、それが「紹介事業・派遣事業」なのか「特定募集情報等提供事業」なのかを明確にする必要が生まれてきます。
というのも、たとえば人材紹介事業者のオウンドメディアからエージェントを介さず直接企業に応募できるようになっている場合、これは「特定募集情報等提供事業」と見なされ、届出が必要になるからです。
すでに人材紹介・派遣の許認可を受けていても「特定募集情報等提供事業」の届出は別途必要になるので、自社のサイトが該当するかどうかはしっかり確認しなければなりません。
また実態として、人材紹介・派遣のオウンドメディアで集客を行うために、大手の人気求人をずっと掲載しつづけている場合があります。
実際にはもう募集終了している案件や、条件が変わっている案件がそのまま掲載されていることもあるため、的確表示の規制にのっとって措置を講じなければならない企業もありそうです。
求職者が仕事探しをしやすい環境をつくるために大事なこと
このように人材業界各社への影響が大きい今回の改正ですが、その分実効性はあるのではないかと考えています。やはり、届出制になったことで国が監視しやすくなるわけですから、求人メディアとしてもルールを守ろうとするはずです。するとメディアから採用企業へのチェックが働くようになり、悪徳な求人は抑制されていくと考えられます。
また、今回「求職者からのクレーム・相談受付窓口の整備」も改正内容に盛り込まれています。求職者が運営会社に抗議しやすくなり、国もその実態をしっかり把握しにいくようになるでしょう。したがって、法改正の目的である求職者の保護には近づいていくのではないでしょうか。
今回、国が人材業界に求めていることは「ちゃんとした情報を提供し、求職者とのトラブルが起きないようにしてください」ということです。
その先には、官民でしっかり連携して求職者の仕事探しが成功するようにサポートしていこうという考えがあります。仕事探しが成功するとはどういうことなのか、我々は考えなければなりません。
企業は自社で働いてもらうため、活躍してもらうために人を採用します。しかしいつしか採用することがゴールになり、目的と手段が入れ替わってしまうのです。
虚偽の給与で採用された人材は当然「騙された」と思うでしょう。不信感を抱いたままで、その後の活躍が期待できるでしょうか?
目的に立ち返るとやはり、入社すればよいという考え方ではなく、その後の定着・活躍まで見据えた採用活動を行っていくべきです。
そのためには求人をよく見せることよりも、そもそもの労働条件をちゃんと改善し、真に人気企業になるための努力をすることこそが、遠回りのようでいて一番大切です。人材業界からも、そうした本質を見据えたサービス提供を行っていく必要があるでしょう。
<著者プロフィール>
菊池健生
株式会社フロッグ
代表取締役 /HRog編集長
2009年大阪府立大学工学部卒業、株式会社キャリアデザインセンターへ入社。転職メディア事業にて法人営業、営業企画、プロダクトマネジャー、編集長を経験し、新卒メディア事業のマーケティングを経て、2017年ゴーリストへジョイン。人材業界の一歩先を照らすメディア「HRog」の編集長を務め、2019年より取締役、2021年より株式会社フロッグ代表取締役に就任。会社URL:https://hrog.co.jp/