今回は、GSRコンサルティング株式会社で不動産・相続・事業承継コンサルタントとして携わる久保田俊氏に、事業承継で専門家が必要な理由について寄稿していただきました。
第三者への事業承継「M&A」市場が活発化
2021年の株式会社帝国データバンクの調査によると、事業承継のうち同族承継や内部昇格が全体の70%を占めており、事業承継の主軸は内部での事業承継と言えるでしょう。しかし、同族承継や内部昇格の割合は年々、緩やかに減少傾向をたどっており、近年はM&Aの割合が増加しています。M&Aが増加している理由としては「新型コロナウイルスの影響による事業承継の意識の変化」が挙げられるでしょう。
2022年の株式会社帝国データバンクの調査によると、新型コロナウィルス関連倒産が4,058件とされており、その内2,370件が負債1億円未満の小規模倒産となっています。
負債の金額が企業規模に対して一定以下の水準に収まっている場合、営業キャッシュフローに即した返済計画の見直しや経営方針の転換等で倒産を回避できるケースがあります。
また、取引先や債権者にとっても、破産手続きが開始され債権を回収できなくなる可能性がある状況よりも、M&Aが成就することで事業の安定した継続が見込めることの方が魅力的でしょう。
こうした傾向から、今後はいま以上に第三者への事業承継であるM&A市場が活発になり、事業承継の方針を決定するための判断材料がより複雑になると思われます。
【事例】事業承継で専門家が必要な理由
現在、事業承継市場では主に金融機関、弁護士、公認会計士、税理士、中小企業診断士、コンサルタントなどが専門家として挙げられます。しかし、経営面に問題がなく、なおかつ承継者があらかじめ決まっており株式承継や納税等の手続き面に限定される場合は、必ずしも各専門家が介入した事業承継を行うことが必要というわけではありません。ただ、現在事業承継を考えている人や今後事業承継を考え始めている人は、一度専門家に相談することをおすすめします。
その理由を、私が今までにお話を伺った中で「専門家が介入しなかったことで事業承継が頓挫してしまった・最善の結果にならなかった事例」とともにご紹介します。
【事例①】事業承継先の判断を誤ってしまったAさん
Case1:事業承継先の判断を誤ってしまったAさんの事例業種:不動産業
設立:1980年代
相談者:70代 男性 株主
企業規模:年1億円、従業員3名、パート・アルバイト2名
事業承継の相談者ではありませんが、Aさんは過去に内部での事業承継とM&Aを並行して検討していた人でした。
当時、Aさんは自身でM&Aの買い手を探すとともに、内部での事業承継の検討も進めており、最終的には内部での事業承継を選択することになりました。
その後手続きは完了したものの、後継者が事前の打ち合わせには出ていなかった新規事業を展開し、その事業の不振や既存従業員の退職が原因となり数年後廃業に至りました。
当時、M&Aが現在ほど一般的でなかったこともあり、根拠に乏しい曖昧な企業価値でM&Aを検討していたことや、本業と並行しながら買い手を探すことが大きな負担となり、消極的な選択肢として内部での事業承継を選んだといいます。
Aさんの場合、より客観的かつ広域に渡る視点から、事業承継に際して生じうる課題について“経営者と本音で対話できる事業承継の専門家”のサポートがあれば、また違った結果になっていたでしょう。
また、お話を伺う中で、後継者との打ち合わせはもちろん、従業員への告知の方法等の準備不足が廃業に至った大きな原因だと感じました。
内部での事業承継へ方針を定めた後、最も営業成績がいい従業員を後継者として選んだとのことですが、この後継者はワンマンな傾向が強かったようです。その結果、ほかの従業員の退職理由の一つとして「事業承継後の社風が大きく変わり仕事がしにくくなった」との声が上がるようになったそうです。
Aさんが従業員への告知する際、朝礼のときに自身の気持ちや後継者を指名したことを話す程度で済ませてしまい、従業員の意見を聞く場を設けなかったことも不満の原因の一つになったと思います。
内部での事業承継・M&Aいずれにも言えることですが、後継者の経営者としての資質を充分に検討し、既存従業員の勤務環境が事業承継以前と同等以上になるよう、後継者を選定することは重要なポイントです。
当時と現在では事業承継に対する考え方が異なり、株式をはじめとする資産の承継手続きに偏りがちで、中小企業の事業承継を取り扱うコンサルタントは一般的ではありませんでした。
しかし、Aさんが事業承継を検討する際に、事業承継の全体像を理解して相談できるコンサルタントが身近にいれば、事業承継先を冷静に判断でき、M&Aを選択する・別の人を後継者に指名するといった異なる結果に繋がったかもしれません。
Aさんは「当時相談できる人が身近にいなかったことで、事業承継の手続きだけに集中してしまい、事業承継が完了した後も従来と同様に経営ができると思いこんでしまっていた」と語っており、後悔していた様子でした。
【事例②】条件が折り合わずM&Aが成立しなかったBさん
Case2:条件が折り合わずM&Aが成立しなかったBさんの事例業種:運送業
設立:1960年代
相談者:80代 男性 経営者
企業規模:年3億円、従業員10名、パート・アルバイト5名
Bさんは、一代で築いた会社を売却しようと、それまで付き合いのある人の中から買い手を探し出したものの、最終契約締結の直前で条件が折り合わず破談となってしまったとのことでした。
詳しく話を伺う中で、Bさんが当時企業の価値を大きく評価しすぎていた(公認会計士による評価の約3倍で評価されていました)ことが直接の原因であることがわかりました。
当時の検討を進めていた買い手の候補者が知人ということもあり、自社をよく見せたいとの心理が働き、買い手が本来詳細に検討する必要がある部分を疎かにさせてしまったことが破談の一因となったようです。
もちろん、売り手に「思い入れのある企業を売却するため、できる限り高額で売却したい」という気持ちが生まれるのは当然でしょう。しかし、買い手は主にM&A成立後の収益性を期待して購入するため、M&A成立には「評価や条件の交渉を重ねて、双方が納得できる条件を探すこと」が重要なステップとなります。
通常のM&Aでは、買い手の候補者との面談の後、大まかな条件交渉→基本合意書の締結→デューデリジェンスの実施→最終条件交渉→最終契約書締結→クロージング、の順で進めていきます。
一方、Bさんの場合はデューデリジェンスに相当する段階までは外部への会社の見せ方が上手だったことや、会社への想いの強さから実情に即さない高評価で話が進んだことから、詳細な検討を要する懸念事項等の内容がデューデリジェンスに相当する段階で明るみに出てしまい、それ以上の交渉が進められない状況となってしまいました。
初期の交渉の段階から税理士や公認会計士などの専門家が作成した資料を売り手・買い手が互いに確認し、公平かつ中立的で違和感のない評価で話が進めば、結果は違っていたかもしれません。
当初Bさんが想定していた評価には届かなかったとしても、より客観的に自社の強みや弱みを含めた“真のあり姿”を専門家と共通認識する機会を通じて買い手との妥協点を探り、当時の買い手との間でM&Aが成立していた可能が高いと思われます。
また、企業は少なからず利益の調整を行っていることが多いので、買い手を探す前段階の準備として会社の内情や収益性の実力を整理し、客観的に見て評価が高くなるような事業の磨き上げ等の対策を講じられたのかもしれません。
相談の末、Bさんは公認会計士の算出した評価を理解し、当社がM&A成立までをサポートすることになりました。
具体的にM&Aのサポートをする中で、弁護士による契約条件のリーガルチェックを行ったところ、Bさんにとっても馴染みのある内容が多かったようで「破談となってしまったM&Aが仮に成立していたとしても、細部の見落としが多くM&A成立後に発覚した問題を対処しきれなかっただろう」と語っていました。
専門家に相談して安定的な経営を継続
売り手が自身で事業承継を進めることは可能であり、必ずしも事業承継の専門家が必要なわけではありません。しかし、事業承継の専門家が介入することで、よりいい状態で後継者に事業を引き継げるだけでなく、事業承継が成功する確率が高まり、承継後も安定的な経営を継続してくことに繋がります。
ただ、事業承継では業務が多岐に渡るため、各専門家の専門分野を超えてしまうこともよくあります。
そのため、一人の専門家にすべてを任せるのではなく、信頼できる専門家が集まったチームおよび、それらをまとめる経験に富んだコーディネーターと相談しながら事業承継を進めることが、事業承継を成功させる秘訣だと考えます。
<筆者プロフィール>
久保田俊
GSRコンサルティング株式会社
不動産・相続・事業承継コンサルタント
1987年生まれ、東京都北区出身。不動産業界に就職後、GSRコンサルティング株式会社では不動産・相続・事業承継コンサルタントとして従事する。事業承継分野では、主に相続相談から派生する中小企業の事業承継コンサルティング業務を行う。