コロナ禍で明らかになった小売業の課題や、市場縮小が進む日本で生き残っていくためのヒントについて取材しました。
小売業が見て見ぬふりをしてきた「在庫過多とオーバーストア」
——「在庫過多とオーバーストア」とは、どのような問題なのでしょうか?
瀬川:当社の在庫分析クラウド「FULL KAITEN」を活用している企業の導入当初のデータを分析したところ、抱えている在庫の20%で8割の利益が生み出されていることがわかりました。いわゆるパレートの法則ですね。
そうすると、この利益を生み出していない80%の在庫を抱える必要があるのか、在庫過多ではないかということになるのですが、多くの企業はこの状態をずっと許容して経営してきました。そしてその余剰在庫を売りさばくために店舗をどんどん増やし、オーバーストアになっていたのです。
——そもそもなぜ利益を出していない80%の商品を生産するのでしょうか?利益を生む2割の商品の生産に集中すればいいのではと思ってしまいます。
瀬川:どんな商品が売れるか商品企画の段階で予測できないためです。企業はトレンドを予測して商品の企画を行い、海外で生産して日本に輸入します。半年も先にどういう商品が当たりそうかという予測は難しいのです。
そのため、どうしても商品の種類が増えていきます。その中から売れる商品が出てくるわけですが、その売れる商品が欠品になることを避けるため、商品あたりの在庫数も多めになるのです。
企業は、このように在庫が増えていくと、値引きするようになります。すると粗利率が悪化します。コストを下げようと、遠く離れた国で生産しようとする企業もあるでしょう。
しかし、遠くなればなるほど、1回の発注で作る量も多くなりますし、日本に持ってくるまでの期間も長くなってしまいます。結果としてトレンドの予測がますます難しくなり、粗利率がもっと下がるという負のスパイラルに陥ることになるでしょう。
——この状況は、季節商品を扱うアパレル業界に限ったことなのでしょうか?
瀬川:アパレル業界だけでなく、在庫を抱える企業のほとんどが同じような問題を抱えています。
——コロナ禍前はなぜ、この「在庫過多とオーバーストア問題」が放置され続けてきたのでしょうか?
瀬川:ほとんどの企業は「在庫過多とオーバーストア問題」の深刻さに気づいていたと思います。いつかは解決しなければいけないとわかっていたけれども、解決が難しいので後回しにしていたというのが正直なところでしょう。
コロナ禍が小売業に与えた影響
——コロナ禍で「在庫過多とオーバーストア」が改めて問題視された理由を教えてください。
瀬川:商品を売る場所がなくなったためです。2020年4月に緊急事態宣言が出て、ほとんどの店舗を閉めざるを得ませんでした。しかも、アパレルで言うと春夏の商品が入荷してきてこれから売るぞというタイミングだったのです。他の商品を扱う企業でも在庫過多が進み、一気に資金繰りが悪化するようになりました。
在庫過多が財務上どのようなインパクトがあるのか説明しましょう。
セールしても売りきれない商品がどんどん翌年に持ち越されていくので、財務諸表で言うと、バランスシートの棚卸資産にどんどん積まれていくことになります。反対に現金は減っていきます。在庫をお金に変えない限り、本当に資産といってよいか、わからない状態です。
——実店舗の商品をECサイトで売ればよいという話ではないのでしょうか?
瀬川:EC化率は確かに上がりましたが、EC化率というのは相対的な指標であり、実店舗が閉まって全体の売上が減少しているなら、EC化率は自然に上がるものです。
実店舗が閉まっていても人件費や家賃といった固定費は必ず出ていくものですよね。EC化率が多少上がったところで実店舗分の利益を補うのは難しいでしょう。
コロナ禍を通して「変わったこと」と「変わっていないこと」
——コロナ禍を通して、小売業が「変わったこと」と「変わっていないこと」を教えてください。
瀬川:変わったこととしては、「もう在庫の物量で勝負する時代ではない」というコンセンサスが取れてきたことがあります。「もうオーバーストアを許容してはいけない」と考える企業も増えてきたと感じます。
変わっていないこととしては、冒頭に説明した「全体の20%の商品からしか利益を生み出せていない」という構図です。
在庫の物量で勝負する時代が終わった後に来るのは、在庫の”効率”で勝負する時代。在庫から効率よく利益を出す“儲ける力”に関しては、コロナ前後で変わっていないと思います。
——在庫の物量で勝負する時代ではない、オーバーストアもよくないとコンセンサスが取れているにもかかわらず、なぜ企業にとって、在庫から効率よく利益を出すことは難しいのでしょう。自分たちの商品で何が売れているのかをデータとしてあまり把握できてないのでしょうか。
瀬川:いえ、そんなことはありません。各企業は様々な手段を使って、かなり細かくデータを見ていると感じます。
ただ、その見ている勘所がよくないと言いますか、見ているデータのほとんどが遅行指標という点に問題があると思います。
遅行指標は、例えば在庫消化率や在庫回転率など。これらの指標は結果を確かめるためには意味があるものですが、何かを改善するために有効とは言えません。例えば、テストの点数が50点だったという結果が遅行指標。
これだけでは点数アップは狙えませんよね。集中して勉強する箇所を特定するなど、具体的な道筋を示して改善に導く指標が必要です。この指標を先行指標と呼びます。小売業もこの先行指標を見る必要があるのです。
過去の結果から商品がいつまでに売り切れるかを予測する「完売予測日」や、将来どれくらい利益に貢献してくれるかを見る「利益貢献度」が先行指標の具体例として挙げられます。
これらの指標は、どちらかだけを見ていても不十分で、両方をバランスよく見ながら対策を打っていくことが必要です。
——先行指標をもとに、どのようにして将来のことを予測していけばよいのでしょうか?
瀬川:正確な予測は難しいですが、売り始めてからの短期予測ならそれなりの精度で予測可能です。理由として挙げられるのは、短期の予測だと予測後に起きる外的要因の変化にさらされる期間が短くて済む点。
例えば、半年先のトレンドを予測して商品企画をする際、予測後に変化にさらされる期間が半年もあることになりますが、その期間を短くできれば、予測精度も高めることができますよね。
もう一つは、売り始めてからの予測の場合、予測したい商品の実売データが存在する点。
商品企画段階など長期の予測は実売データが存在しないので当たりづらいのですが、売り始めた商品には「今これぐらい売れている/売れていない」という実売データがあるので、この点でも予測がしやすいわけです。
これまでも、各企業ではこのような予測は行ってきましたが、何十万もの商品に対して人力で実施するのは難しいという課題がありました。
在庫分析クラウド「FULL KAITEN」では、全ての商品における各データを集計して直接つなぎ、取り込むことが可能です。そのため、各企業は先行指標にもとづいた意思決定ができるようになり、“儲ける力”をつけることができます。
市場規模の縮小が進む日本で、小売業が生き残っていくために
——ここまでコロナ禍が小売業界に与えた影響を伺ってきましたが、変化に対応できない企業はこの先どうなっていくと考えますか?
瀬川:高齢化や生産年齢人口の減少が進む日本では、今後も市場規模がどんどん縮小していきます。そのようななか、対前年度の売上を基準にして、在庫の物量で勝負しようとしていると、経営が立ち行かなくなるのではないでしょうか。
たとえコロナ禍がなかったとしても、市場がどんどん小さくなっていくわけですから、「在庫過多とオーバーストア」問題は深刻になっていたでしょう。円安や原材料高騰の影響もあります。
なかには、頭でわかっていても経営スタイルを変えることに抵抗を感じ、他社の動きを横で見ているだけの企業もあるかもしれません。
しかし、そのような企業は、この先どんどん規模が小さくなっていくのではないかと思います。逆に時代の潮目をとらえて、「在庫の効率を上げよう」「売上第一から粗利第一に変革しよう」と経営の変革をしていく企業が生き残っていくでしょう。
<著者プロフィール>
瀬川 直寛
フルカイテン株式会社 代表取締役
慶應義塾大学理工学部で天然ガスの熱力学変化に関する予測モデルを研究。ベビー服ECの経営者として、在庫問題が原因で3度の倒産危機に直面。それを乗り越える過程で外的要因や予測不能な変化に強い小売経営モデルを生み出し、『FULL KAITEN』を開発。
2017年11月、FULL KAITENをクラウド事業化し、SaaS型システムとして販売を開始。2018年9月にはEC事業を売却し、FULL KAITENに経営資源を集中している。
小売業の「在庫」を「利益」に変えるクラウドサービスとして評価を確立。現在、全国の大手アパレル企業やスポーツメーカーなどで導入が進んでいる。
当社は2021年7月、ジャフコ グループ株式会社が運用する投資事業有限責任組合を引受先とする第三者割当増資により、5億円の資金調達を実施。累計調達額は8億円超となり、FULL KAITEN新機能のリリースも控えさらに注目を浴びている。