「アイガモロボ」を開発したのは、日産自動車のエンジニアだった中村哲也さん。現在は、有機米デザイン株式会社の取締役として、全国各地の田んぼを飛び回っています。
なぜ、自動車開発から農家を助けるロボット開発へと、進む道を変えたのでしょうか?
震災後に始めた米作りがきっかけ
――日産の開発部門に所属していた中村さんが、なぜ米作りをすることになったのでしょうか?中村:2011年の東日本大震災で、首都圏でも食料が十分に手に入らない事態が起こりました。その体験をきっかけに、米や野菜を自分で作れるようにしなければと考えるようになったんです。
実際に現場で米作りをやってみようと、山梨県北杜市で有機米作りに1年間参加しました。
――体験してみて、とくに大変だと感じたことはなんでしょうか?
中村:どの農家に聞いても、有機米作りで一番大変な作業に「除草」を挙げます。除草作業には専用の農機を使うことが多いですが、それでも田植え後の1カ月間は付きっきりでやる必要があります。
農業人口が減り続けて人手が足りないなかで、除草作業は大きなボトルネックになっているんです。
――その課題がアイガモロボの開発へつながったと。
中村:当時、自動車メーカーに勤めていたこともあって、農家の人から「除草の問題をなんとかできないか?」と相談されたのがきっかけです。
人の手をかけず自律して動くロボットを作れば、除草作業の苦労を解消できると考え、2012年ごろから開発を始めました。
――もともと、ロボット開発の経験があったのでしょうか?
中村:じつはありませんでした。当時所属していたのは自動車開発を取りまとめる部署で、退職する直前も電気自動車のプラットフォーム開発に携わっていました。
いまでも役に立っている経験を挙げるとしたら、子供のころに熱中していたラジコンの経験かもしれませんね。
――開発当初は、会社を設立せずに活動していたんですよね。
中村:最初は、日産の本社がある横浜周辺でメンバーを募り、ボランティアで開発を始めました。その後、何度かメンバーが入れ替わりながら、常時4~5人体制で開発を進めてきました。
――これまでを振り返って、苦労したことを挙げるとすれば、いかがでしょうか?
中村:開発を始めて6~7年ほど経つと、テレビや新聞で取り上げられるようになりました。一方、そのころは資金調達をせず、すべて手弁当で開発していたので、活動を続けるのに限界を感じていました。
正直なところ、「誰かに開発を引き継いでもらおうか」と考えていたくらいです。
――そこからどんなきっかけがあって、会社設立につながったのでしょうか?
中村:山形県で講演したときに、現在の親会社であるヤマガタデザインの山中さん(代表取締役 山中大介氏)と出会い、「自分たちもアイガモロボを使いたい」という話をいただいたんです。それが一つのきっかけでした。
もう一つ、大きなきっかけだったのが、日産が私たちの取り組みを動画で紹介してくれたことです。公式SNSでも発信してもらい、大きな反響をいただきました。
――活動が広く知られるようになって、状況が好転したんですね。
中村:その後、日産から「会社として援助してはどうか」という話や、東京農工大学から「ベンチャー企業として受け入れる」という話をいただきました。
ほかにも、農業経営者の全国組織から、日産へ「アイガモロボを事業化してほしい」と要望が届くなど、いろいろなきっかけが重なって、会社をスタートさせる決意ができました。
先人の知恵と自動車開発の経験が助けに
――「アイガモロボ」は、除草作業の苦労をどのように解消できるのでしょうか?中村:ロボットに搭載したスクリューで水中を撹はんして、田んぼの泥を巻き上げることで光合成をさまたげ、雑草が育ちにくい環境を作ることができます。
従来の除草は生えた草を抜く作業でしたが、私たちは草が生えるのを抑える「抑草」という考え方で、「アイガモロボ」を開発しています。
――合鴨を田んぼに放す「合鴨農法」から着想を得たのでしょうか?
中村:それも一つですが、じつは合鴨農法だけに着想を得たわけではなくて、農家にヒアリングして学んだ先人の知恵もヒントにしています。
たとえば、鯉の放流やイトミミズの培養、ほかにもカブトエビが大量発生したときは雑草が生えなかったという経験則、それらに共通していたのが「泥を巻き上げて水を濁らせる」ことだったんです。「アイガモロボ」はそこに着目しました。
――「アイガモロボ」の動力について教えてください。
中村:ロボットに太陽光パネルを搭載し、バッテリーには初代リーフにも使われたマンガン系リチウムイオンバッテリーを使用しています。
――田植えをおこなうころは、ちょうど雨が多い時期と重なりますが、天候が悪くても問題ないのでしょうか?
中村:雨やくもりのとき、太陽光パネルは発電しなくなると思っている人が多いですが、じつは少ないながらも発電自体はできます。その電気を無駄なくバッテリーに溜めておくことが大切です。
現在使用しているバッテリーは、初代リーフと全く同じものではなく、東北大や宮城県の研究で改良されたものを採用しています。わずかな発電量でもしっかり蓄電できる点がポイントで、雨やくもりでも充電と稼働を繰り返すため、問題なくロボットを動かせます。
また、太陽光パネルの発電と植物の光合成に必要な光の波長はほぼ同じなので、十分に発電できないくらいの悪天候なら光合成も進みません。ですから、天候は大きな問題にはならないんです。
――そのほか、設計で工夫した点があれば教えてください。
中村:合鴨をモチーフにした外装には、充電効率に影響を与えないように、光を通す特殊な塗料を使っています。ちなみに、この塗料は日産のGT-Rと同じ塗料メーカーのものです。
農家の負担軽減だけでなく、地域交流の起点にも
――可愛らしい外観も「アイガモロボ」の特徴ですよね。このデザインはどうやって生まれたのでしょうか?中村:「アイガモロボ」の名にふさわしい姿を、カーデザインを専攻する専門学校生にデザインしてもらいました。初めて見たとき、農家はもちろん、幅広い世代に愛されるデザインだと感じました。
「アイガモロボ」が泳いでいるとお年寄りや子どもが集まってきて、田んぼが地域の交流のハブになる――。そんな光景がイメージできるデザインだと思います。
――今後量産を進めるうえで、課題はありますか?
中村:もともと量産を見すえて開発しているので、大きな問題はありません。
しいて挙げるとすれば、半導体をはじめとした原材料不足に影響されないように、汎用性の高い部品を選んでおく必要があると思います。
――これから「アイガモロボ」はどのような進化を遂げるでしょうか?
中村:現在の「アイガモロボ」は、日本の平均的な田んぼのサイズである、およそ30アール以上の範囲を動く想定です。
他方、中山間地域にはそれより狭い田んぼも多く、収穫量に対して導入コストが高額になる可能性があります。
そうした場所に向けて、GPSや自動運転を使わない小型で安価なモデルを作っていく必要があると考えています。
――小さな「アイガモロボ」が動く姿も、ぜひ見てみたいです。
中村:「アイガモロボ」は小学校の「総合的な学習」にも協力しています。
小学生が授業で作ったプログラムで「アイガモロボ」を動かして、地域の農家が使う。そんな流れが生まれれば、農業がもっと盛り上がるのでは、と考えています。
(文・和田翔)