一見、電動車いすのようにも見えますが、同社が作ろうとしているのは単なる福祉用品ではないといいます。
2023年のTRANSELLA一般発売をめざすLIFEHUB株式会社代表取締役の中野裕士氏に、開発の背景やビジョンを聞きました。
「人間から身体的な制約をなくす」デバイスをめざす
——かなりユニークなプロダクトですが、なぜ椅子型モビリティを開発しようと考えたのでしょうか?中野:TRANSELLAの当初のユーザーさんとしては、車いすを使う障害者や高齢者の方を想定していますが、私たちは車いすや福祉デバイスを作る会社というわけではないんです。
本当にめざしているのは、「人間の体を直接的に進化させることで新しい能力を獲得し、すべての人から身体的な制約をなくすこと」です。
私はこれまで、ロボットや自動運転の制御の研究開発を行ってきましたが、自動運転によって車の安全性を高めることはできても、乗っている人が直接身体的な自由を感じられるわけではありません。
人間がもっと直接的に身体的な自由を感じられるようにするには、これらの技術を活用して人間の体に代わるものを作るほうがいいと考え、その第一弾として今回の椅子型モビリティを開発しました。
——現在使われている一般的な電動車いすとは何が違うのでしょうか?
中野:既存の電動車いすは、あくまでも平地を移動するためのものです。
そのため、移動経路に階段や段差があれば、それを避けるためにエレベーターやスロープのある場所まで迂回しなければならなかったりと不便を強いられます。
TRANSELLAは足のような構造を使って階段や段差を移動できるので、スロープやエレベーターのない場所でも利用が可能です。さらに自動運転に対応しているので、車椅子ユーザーではない方に自動運転モビリティとして使っていただくこともできます。
2本の足で階段を上り、エスカレーターにもそのまま乗れる
——TRANSELLAの基本的な構造や機能を教えてください。中野:椅子の下に関節が回転する足のような機構がついた構造になっています。
平地の移動には、4輪で走行するモードと立ち上がって2輪で走行するモードがあり、4輪の場合は足の前後についた車輪を使います。2輪走行の場合は足の部分が伸び、4輪モードの後輪にあたる部分のみで走ります。
2輪走行の状態では、目線が自分の足で立っている人と同じくらいの高さになるので、立っている人と会話をしたり、カウンターなどを利用したりも容易に行えます。
また、階段や段差では左右の足が交互に踏み出すことで、2足歩行のような形で上り下りすることが可能です。さらにエスカレーターは、人間の足でいう膝から下に当たる部分がエスカレーターの形状に合わせて曲がり、膝立ちのような形状で乗ることができます。
——さまざまな状況に対応できるのですね。実際の操作はどのように行うのでしょうか?
中野:大きく分けて5つの操作方法があります。
まず、ジョイスティックを前後左右に動かして操作する方法です。次に、体重移動を使う方法があります。たとえば、前方に倒れるように体重をかけると前方向に進むといったイメージです。
そして3つ目が、介助者が後部のハンドルを押して操作する方法です。ハンドルを押す力を検知してモーターが動くので、坂道なども負荷なく上ることができます。また、介助者がスマホを使って車いすを操作する方法も想定しています。
さらに、介助者がビーコンのようなものを持ち、車いすがそれに追従するように動く方法も考えています。これは介助者や家族と出かけるときなどに、一緒に歩いているような感覚で移動できるメリットがあると考えています。
——安全対策としてはどのような機能を備えているのでしょうか?
中野:衝突回避や転倒防止機能を搭載します。高齢者の方が利用される場合、手が自由に動かなかったり、判断力が低くなっていたりして、どうしても何かに衝突するような操作をしてしまったり、駅のホームなどから転落するような操作をしてしまう可能性があります。
そのような場合の事故を防ぐために、システムで外界を認識して障害物や段差を認識し、それらに近づこうとしたときに動作を止めるようにしています。
常に使えるモビリティをめざす
——TRANSELLAを一般販売したとき、どのように利用してほしいとお考えですか?中野:常に使えるモビリティをめざしています。
たとえば車いすユーザーの方であれば、ベッドから起き上がったらすぐTRANSELLAに乗り込んで、そのまま2階から1階に下り、食事をするときも食卓に椅子を置かず、そのまますっと着席する。そして、そのまま外に出て駅に向かい、自分で電車に乗り込んで会社へ向かい、会社のデスクにも椅子がなくそのまま着席して仕事をする、といったイメージです。
室内でも屋外でも交通機関でも、健常者の方と同じ空間で同じように移動して生活していける手段として、常に使ってもらえるものを目標にしています。
——車いすユーザー向けではない、一般の移動手段としての利用も想定しているとのことですが、具体的にどのようなシーンでの活用を考えているのでしょうか?
中野:スピードは求めないけれど、移動を楽にしたい状況ということで、商業施設内の移動や観光を想定しています。
たとえば、百貨店の入り口にTRANSELLAを並べておき、お客さまがモニターから目的の売り場やお店を選ぶと、自動でそこまで移動できるといったイメージです。高齢の方で、本当はゆっくり買い物したいけれど長時間歩き回るのが負担という方がいらっしゃると思うので、そういったニーズに応えることができると考えています。
観光用としては、近距離のガイドとして使っていただけるのではと思っています。たとえば地方や海外から東京に遊びに来たけれど、道が複雑で迷ってしまう、どこに何があるかわからないという場合に、行きたい場所を指定すればゆっくりではありますが自動で連れて行ってもらえるようになります。
また、移動時間を無駄にしたくないビジネスパーソンにもいいのではないでしょうか。よく歩きスマホが問題になりますが、あれも結局、移動時間に他のことをしたいという気持ちから起きていると思います。
移動速度自体がゆっくりでも、その時間にニュースを見たり、メールを返信したりできれば、そのほうが時間を有意義に使えると考える人もいるのではと思っています。
いずれは人間の体をすべて作りたい
——TRANSELLA以外に今後開発していきたいプロダクトなどがあればお聞かせください。
中野:TRANSELLAは2023年に最初の製品を国内で発売し、2025年にグローバル展開することを目標としていますが、これはあくまでも第一弾のプロダクトにすぎず、私たちが本当にめざすのは人間の体を進化させることです。
将来的には、人間の体を作って入れ替え可能にすることで、人類に身体的な自由を届けるインフラ企業になることをめざしています。
たとえば、人工的な眼球を作って自分の目と交換することで、視力の悪い方は視力が上がりますし、視界の中に情報を表示して手のジェスチャーなどで操作できるようになるので、スマホを持ち歩く必要がなくなります。また、視覚情報を外部に出すことも可能になるので、他の人と視覚情報を共有したり、遠くにいる人と同じものを見たりといったこともできるようになります。
さらにその先には、ファッション感覚で人間の体を取りかえる世界も構想しています。たとえば人間の足に変わるような機械の足を作り、服を着替えるような感覚で「今日は仲間とサッカーをするから速い足を装着しよう」「今日はパーティーがあるから、ちょっと長めの足を着けておしゃれしよう」といったことができるイメージです。
究極をいえば、臓器も含めて人間の体をすべて作りたいと思っています。臓器も結局、脳にエネルギーを送るためのデバイスなので、そのエネルギー供給を別の方法で実現できれば機械でも構わないということになります。そうすると老いることがなくなり、いわゆる不老不死が実現するのではと思っています。
長期的なビジョンとして、そんな世界をつくる企業をめざしたいと考えています。
(文・酒井麻里子)