しかし、広い意味でのVRにはデバイスを使わずに利用できるものもあり、その用途もエンタメに限ったものではありません。
デバイス不要の空間型VRで自然の風景を体験できるサービス「uralaa(うらら)」を提供するフォレストデジタル株式会社は、「テクノロジーを活用してウェルビーイングの実現を目指している」といいます。
今回は、メディア向け体験会に足を運び、実際にuralaaを体験しました。
じつは最初は、「ヘッドセットを使わない映像は物足りないのでは?」と思っていたのですが、自然空間でリラックスするという目的を考えると、重要なのは没入感の深さより「身軽さ」なのだと感じました。
機器を装着する身体的な負荷がなく、鳥のさえずりやアロマの香りなども加わるので、「ボーッと過ごすならこれがちょうどいい」という印象です。
uralaaの体験後、ウェルビーイングの実現をめざす背景や、技術面での特徴について、同社CEOの辻木勇二さんにうかがってきました。
uralaaとは?
室内の壁や天井などを利用し、没入感のある映像を投影できる「空間型VR」を使ったサービス。映像に加えて、鳥のさえずりや小川の音といった自然の音と、森林の香りなどの映像に合わせたアロマを使うことで、実際にその場にいるような体験ができる「ひととき旅」を提供しています。
2021年に全国各地で実証実験や期間限定イベントを行い、2022年1月からは企業や自治体向けにuralaaのサービスの販売を開始しました。
「テクノロジーは私たちを幸せにするか?」を命題にスタート
——現状では、VRがよく使われているのはゲームや音楽といったエンターテインメント分野が多い印象を受けます。そのなかで、uralaaが「ウェルビーイング」をテーマとしている理由は何でしょう?辻木:フォレストデジタルは、ヤフーやメルカリといったインターネット企業の出身者と北海道・十勝の林業家で創設した会社ですが、そもそもの出発点が「テクノロジーは私たちを幸せにしているのだろうか?」という疑問なんです。
今の時代は、情報収集もコミュニケーションもスマホを使っていつでも簡単にできます。テクノロジーが進化して生活に欠かせないものとなっていく一方で、私たちの心がどこか取り残されてしまっているような焦りを感じたり、便利であることが逆にストレスになったりといったことも起きているように感じます。
そんな状況を背景に、これまで自分たちが関わってきたインターネットのテクノロジーを使って、少しでも幸せな気持ちになれるものを提供したいという思いから「ウェルビーイング」をテーマに会社をスタートしています。
——世の中のVRを使ったサービスには、ヘッドセットが必要になるものも少なくありません。uralaaが空間型VRを採用しているのはなぜですか?
辻木:最初から空間型VRを使って何かをしようと考えていたわけではなく、私たちがめざしている「テクノロジーでウェルビーイングを実現する」というミッションを実現していくためにはどんな方法がいいのかと考えました。
結果として、子どもからお年寄りまで誰でも利用できる空間型VRが一番適しているのではないかというところに行き着いたという感じですね。
とはいえ、uralaaの特徴のひとつである「コンテンツを切り替えできる」という点とあわせて考えると、他のVRサービスにはない独自のポジショニングを確立できていると感じています。
——独自のポジショニングというと?
辻木:VRサービスを大きく分類すると、「デバイスを身体に装着する/デバイスが不要」「コンテンツが固定されている/新しいコンテンツが増える」の2つの軸で考えることができると思います。
デバイスの装着が必要で、コンテンツが固定されているものとしては、アミューズメントパークのアトラクションなどが挙げられます。デバイスが不要でコンテンツが固定されたものには、メディアアートとよばれる芸術表現があります。
デバイスが必要でコンテンツが増えるものには、最近人気のQuest2のようなVRゴーグルがありますね。
そしてuralaaは、デバイスが不要で、かつコンテンツが増えていく特徴をもったサービスです。身体に何もつける必要がないので子供からお年寄りまで気軽に利用できますし、コンテンツが増えていくので、日本中・世界中のいろいろな場所への旅行体験を提供できると考えています。
独自技術で、壁と天井の4面の映像を切れ目なく投影
——実際に投影されたものを見ると、壁や天井の映像がきれいに一体化しています。これにはどのような技術が使われているのでしょうか?辻木:正面と左右の壁、そして天井の計4面の映像をクラウド経由で同時配信し、それらを部屋のサイズに合わせて自動調整する独自技術を使っています。
実際に店舗などがuralaaを利用する場合、当然部屋のサイズはまちまちですし、壁の形も正方形に近いものもあれば、横長の壁もあります。どんな形の部屋でも四隅をぴったり合わせ、違和感のない映像として投影できるように開発しました。
地味な部分ではありますが、より高い没入感を実現するためには重要なポイントだと考えています。
——映像はクラウド経由で配信しているとのことですが、これにはどんなメリットがあるのでしょうか?
辻木:先ほどお話ししたように、uralaaはコンテンツを自由に切り替えて投影できる点が大きな特徴です。映像がクラウド経由で配信されることで、コンテンツの選択や切り替えといった操作をスマホから簡単に行えます。
イメージとしては、動画サイトで見たいものを選んで再生するのと同じ感覚ですね。森や牧場、水辺の風景といった1000以上のシーンから映像を選んで再生すれば、すぐに映像が流れます。
——屋久島など北海道以外の地域の風景もあるんですね。この映像はどのように撮影しているのでしょうか?
辻木:360度映像を撮影できるカメラを使います。現在配信している映像にはプロが撮影したものもありますが、なかには地元の中学生が体験学習として撮影した映像もあるんです。
市販の360度カメラを使えば、専門知識がなくても簡単に映像を撮ることができるので、たとえば店舗などのスタッフの方が地元の風景を撮影し、それを店内で流すということも可能です。
——360度映像を投影するとなると、特別な機器が必要になりそうです。
辻木:店舗などで利用いただく場合、専用PCの購入とシステム利用料は必要になりますが、それ以外には特別なものは使っていません。
プロジェクターも一定の性能を満たしていれば手持ちのものを使用可能ですし、あとは音響機器と香りを用意していただければ没入感のある自然空間をつくり出すことができます。
実験でもリラックス効果などが認められた
——ウェルビーイングの実現がテーマとのことですが、実際、心身への影響のようなところはどの程度あるのでしょうか?辻木:昨年行った実証実験では、25名の方に20分間のデジタル森林浴を体験していただきました。体験前後の心拍数や血圧、唾液中のアミラーゼ活性の変化を測定した結果、心拍数の低下や副交感神経が優位になるといった生理的リラックス効果が確認できました。
また、体験前後に回答してもらった質問票の回答からは、「回復感」の上昇や「ネガティブな感情」の低下といった変化がみられています。
観光誘致や農産物購入など地域活性に活用
——具体的には、どんな用途でuralaaの活用を想定していますか?辻木:「ひととき旅」がコンセプトなので、普段なかなか行けない場所を体験するという目的であれば、幅広い用途で使っていただけると考えています。
たとえば、商業施設や観光施設であれば生産地の自然の風景の中でその地域の食を味わうといった使い方ができますし、病院や高齢者施設なら、遠出が難しい方にふるさとの自然の風景を感じていただくこともできるかと思います。
配信する映像についても、今後は日本国内だけでなく海外のいろいろな場所を撮影し、グローバルに自然や文化を体験できるようにしていきたいですね。
——「テクノロジーは私たちを幸せにしているのか?」という命題に対する、現状での答えがもしあればお聞かせください。
辻木:研究成果として疲労回復やネガティブな気持ちの改善につながるといった効果が見えてきた点では、私たちがめざす世界に少し近づいたのかなと感じています。
その一方で、これだけで満足したくないという思いもあります。私たちが本当に願っているのは、映像をきっかけにリアルな自然の中に足を運んでもらうことなんです。その部分はまだまだこれからだなと思っています。
(文・酒井麻里子)