ハイパーループや超音速旅客機の開発。日本においては、リニア中央新幹線の開業が実現すれば、東京・大阪間を1時間足らずでアクセスできるように。
そんな日進月歩のモビリティ領域において、「アバター旅行」という少し変わった角度から挑戦する企業があります。ANAホールディングス発のスタートアップ企業、avatarin株式会社です。
今回は同社広報担当の千葉さんに取材します。「アバターで行う “瞬間移動” の可能性」についてお話しいただき、「どうしてANAが飛行機に関係のない事業展開を?」という疑問にもお答えいただきました。
avatarin とは?
avatarin は「瞬間移動」のできるプラットフォーム。
街中や美術館などの施設に設置された「newme(ニューミー)」というカメラのついた遠隔操作ロボットを通じて、好きなときに好きな場所へアクセスできます。
2021年10月21日からベータ版の提供を開始。遠隔地に置かれたアバターにいつでもアクセスできる新たなモビリティとして注目されています。
ロボティクス、AI、VR、通信、などの技術が結集して遠隔地との豊かなコミュニケーションを可能にするサービスです。
ANAホールディングス発のスタートアップが手掛ける「瞬間移動」サービス
ーー御社は「ANAホールディングス発のスタートアップ企業」というバックグラウンドがあるんですよね。千葉:はい。私を含め、CEOの深堀もCOOの梶谷もANA出身です。
元々、2016年にANAとしてXPRIZE財団主催の次期国際賞金レース設計コンテストに参加しまして、そこで賞をいただいたのが始まりです。このXPRIZE財団でのコンテストで良い結果を残し、そこから急進的に事業として立ち上がってきました。
2018年にはANAの社長直轄の「デジタルデザインラボ」ーー新規事業を扱う部署ですがーーに入れていただいて、2019年にはANA社内で「アバター準備室」という部署が立ち上がりました。この時点で「これを新しい会社にしよう」と踏み出す一歩手前という雰囲気です。
ーー駆け上がるようなスピード感ですね。
千葉:ありがとうございます。そして2020年の4月にavatarin株式会社が生まれ、サービスの実証を重ねて、先日ベータ版の提供を開始しました。
ーー面白いサービスですよね! 実際に動けるんですよね?
千葉:ありがとうございます。ビデオ通話やWeb会議システムと違って、リアル空間を検索して選び、任意の遠隔地を自らの意思で動き回れることができます。
こうした取り組みはまだあまり無いので、楽しんでいただいています!
ビジネスをはじめ様々な活用法がありますが、一般のお客様には「旅行」を軸に楽しんでもらいたいと思っています。新しい移動と旅行のかたちとして認知度を広めていきたいですね。
ANA だけど「飛行機」にはこだわらない?
ーーところで、航空会社なのに「リモートのサービス」に取り組めるとは驚きです。千葉:そうかもしれません。言い換えれば「飛行機いらなくなるじゃん」というサービスでもありますから。「本業にダメージ出るでしょ」という指摘を受けることもありました。
ただ、結果としては自由にやらせてもらいました。
たとえば、デジタルデザインラボではドローンの研究チームがあったり、また別の旅行の形を提案するチームがあったり。ANAの経営理念にさえ反していなければ、飛行機にこだわらずに好きなことを伸び伸びやっていいと背中を押してもらいました。
ーー寛大な会社ですね。
千葉:そうかもしれないですね。でも実は、飛行機こそ登場しませんが、ANAにとっても新しい顧客を掘り起こすビジネスだと考えているんです。
私たちの周りでは「6%の壁」という言葉を使っているのですが、地球人口75億人のうち、実はその6%の人間しか飛行機を利用していないというデータがあります。(※avatarin調べ)
ーーそんなに少ないんですか。
千葉:これはコロナ前の試算ですので、今はもっと低いと思います。
「移動時間がもったいない」と敬遠されたり、あとは金銭的コスト。そもそも住んでいる地域に空港がない方も沢山いらっしゃいますし、身体的な理由でーーANAも努力していますがーー飛行機を利用できないお客様もいらっしゃいます。
そこで 弊社は瞬間移動に着手しました。
ーーしゅ、瞬間移動……! すぐさまそこに目を向ける発想が凄いです。
千葉:avatarin は「6%の壁」に阻まれた残りの94%全員の方々に目を向けて、飛行機に乗れない人のニーズを補完するサービスです。航空会社であるANAがこうした取り組みに踏み切った理由のひとつはここにあります。
次世代のモビリティの選択肢として飛行機以外の可能性を掴む新規事業、という立ち位置です。
ーーかなり可能性が広がりますね。
千葉:また、このサービスが拡大することによって飛行機によるリアルの移動の価値が下がることはないと思っています。
たとえば「知床の大自然を浴びる」みたいな体験は、遠隔よりも肌で触れるほうが圧倒的な情報量です。しかも今の世の中は五感を総動員する体験は少しプレミアムな付加価値になりつつある。
なので、まずは遠隔の瞬間移動で “お試し体験” して、気に入ったら実際に飛行機に乗って足を運んでもらうという繋げ方もあるのかなと。
アバター旅行と飛行機旅行、両方を楽しんでもらえると嬉しいです。
ーーアバター旅行によってよりリアルの旅行に価値が出てくるということですね。しかし「瞬間移動」というワードは刺激的ですね(笑)。
千葉:ありがとうございます。実は当初は本当に瞬間移動をやろうとしていたんですよ。
ーー本当に瞬間移動を!?
千葉:はい。16年のXPRIZE財団のコンペを準備していた段階では「テレポーテーション」をできないかと思案していました。皆さんの思い浮かべるような “物質的な移動” です。
これは理論的には可能になりつつありますが、それが実現するのは100年先、200年先のことだということがわかりまして。
ーー相当な未来ですね……。
千葉:なので、じゃあ今の技術でできることは何だろうかと逆算して現在のような形に落ち着きました。「意識や存在感なら飛ばせるんじゃないか」という発想です。これならユーザー側はネット環境さえあれば手軽に利用できます。
現在は開発中ですが、スマートフォンやタブレットで avatarin を利用できるアプリも準備しています。
「非接触」のコミュニケーションアイテムとしても注目
ーー新しい旅行のかたちを、ANA から発信していくということですね。千葉:はい。今も「旅行」というのは avatarin の大きな柱になっていますが、これにコロナが重なりまして。「非接触」というキーワードから興味を持ってお問い合わせいただくことも増えています。
最初の着想が2016年頃なので、あのときは世の中がここまで混乱するとは思ってもみませんでした。
ーーたしかに「意識だけを遠方に飛ばす瞬間移動」は今の時代にこそ必要かもしれませんね。
千葉:特に医療の現場では重宝してもらっています。非接触型のコミュニケーションがとれるため、お医者さんや看護師さんなどの医療従事者が、患者と接触する機会を可能な限り抑えることができます。
船内集団感染が発生した横浜のダイアモンドプリンセス号で患ってしまった方の入院病院にも機器を設置導入する実証実験を行いました。
もちろん、コロナに関係なくとも面会謝絶でお見舞いできない人の役にも立てます。会社の受付業務などにも使えると思います。
我々はANAのグループ会社でもありますから、やはり「旅行」をメインにした事業展開はある意味で必須ですが、このように「非接触」で貢献できる場面は沢山あると思います。
ーー発想次第でいろんな展開がありますね。その他にも旅行以外の活用事例はありますか?
千葉:「教育」の分野でも活用できないか色々と実験しています。
大分県に姫島という離島があるのですが、ここで暮らす小中学生にavatarinのプラットフォームを通じて、東京国立博物館を遠隔で見学してもらいました。遠隔ながらも博物館に設置したnewmeの機体を通じてリアルタイムで繋がっており、学芸員のアテンド付きです。
これは大分県や大分県教育委員会と連携した取り組みで、都会と地方の教育格差をなるべくフラットにしたいという思いで企画・実施しました。
ーーなるほど、地方から都会へのアクセスも可能なわけですね。
千葉:ANAホールディングス発のスタートアップですので、やはり旅行を中心とした事業展開になりますが、技術自体はどんな場面にも応用できます。
ーーありがとうございます。では最後に今後の目標を教えてください。
千葉:さらに多くの人に、手軽に利用してもらえるようシェアを拡大していきたいですね。
先ほども触れましたがスマートフォンやタブレットのアプリも開発中ですし、ゆくゆくは家庭のテレビからもアクセスできるようにしたいと思っています。
いまは「30分あったらアバター旅行しよう」をコピーに掲げています。
具体的なイメージとしては、たとえば帰りの電車で美ら海水族館に繋ぐとか。「今日はこの水槽に行こう」みたいな気軽な娯楽として avatarin の旅行が選択肢にあがるようになりたいです。
まずは国内での規模を広げていく予定ですが、海外とも連携できるようにしたいですね。
これは僕の個人的な趣味にも近いですが、将来的にはイタリアやフランスの美術館にも行けるようになれば嬉しいなと。
ーーなるほど、ありがとうございます。技術的な面ではいかがでしょうか?
千葉:技術面で申しますと、視覚と聴覚はクリアしているので今度は触覚に挑戦したいです。ハプティクスの領域で遠隔地と繋がれる技術開発も視野にいれています。
また、ビジネスの仕組みといいますか、戦略面も増強していきたいです。
弊社はANAホールディングス発のスタートアップといいながら実際にやっていることは飛行機と関係ありません。しかしビジネスモデルとしては航空業界と似ている部分もあるんですよ。
ーーといいますと?
千葉:お客様は飛行機そのものを買うわけではなく、チケットを通じて “乗る権利” を購入しているんですよね。
私たちの avatarin も同じで、ユーザー様が弊社のロボットを買うわけではありません。ロボットなどのテクノロジーを通じて利用できる “瞬間移動の体験” に対価をお支払いいただくことになります。
ですので弊社の側が維持コストをいかに削減できるかが重要になってきます。
「どこにロボットを設置するのか」「いかに無駄を省くか」といったネットワーク戦略に磨きをかけなければいけません。フリートマネジメントという言葉でもいいかもしれませんね。こうした仕組みの面では ANA と似通う部分が多いかもしれません。「どこに飛行機を飛ばすのか」「どこに空港を建設するのが適切か」といったパズルと同質の課題と向き合う事業モデルです。
ANA に蓄積されたネットワーク戦略のノウハウなどもうまく活用しながら、さらに avatarin の事業を成長させていければと思います。
(文・川合裕之)