9月30日までは紙書類による免税販売が可能ですが、それ以降は仮に免税販売許可を得ている事業者であっても、免税販売手続の電子化ができていなければ免税販売ができなくなります。
この変化は何を意味するのでしょうか。コロナ禍で訪日外国人が減少しているなか、対応する意味はあるのでしょうかーー。
免税手続電子化システム「PIE VAT」を提供するPie Systemsの日本法人Pie Systems JapanでCEOを務める水野博商氏に話を聞きました。
シリコンバレー発なのに、デンマークからスタートしたPie Systems
ーーPie Systemsについて教えてください。水野氏:Pie Systemsは、店舗の免税販売と消費者の税金還付の手続きをアプリで電子化して簡単にする「PIE VAT」というサービスを展開する企業です。2018年9月にシリコンバレーでスタートしました。
CEOのSunny LongとHead of EngineeringのDom Sheehyが一緒にヨーロッパを旅行したとき、免税で買い物をしたのですが、そのときに何かと手間がかかり、その経験がきっかけで2人はPie Systemsを創業しました。
Pie Systemsはシリコンバレーで創業された会社なのですが、実は米国でビジネス展開をしていません。というのも、現在のところ北米ではDUTY FREEはありますが、街中の路面店で免税販売をする法律の枠組み(TAX FREE) がありません。Pie Systemsは現在TAX FREEの免税販売を対象にしているサービスなので北米での展開をしていないのです。
そういった事情で、Pie Systemsはヨーロッパからビジネスを始めることになりました。最初のプロダクトであるPIE VATのテストという意味合いもあり、まずは英語が通じて、消費者のITリテラシーが高く、マーケットが大きすぎず、国のシステムの電子化も進んでいる国を探し、2019年にデンマークでPIE VATを初めてリリースしました。その後同年にノルウェー、2021年にスウェーデン、と進出してきました。
ヨーロッパは陸続きです。コロナ禍であっても隣同士の二国間で行き来ができるようなエリアもあり、EU圏内では1000店舗以上でPIE VATが導入されています。現在、ヨーロッパではフランス、ドイツ、イタリア、スペインで、南米ではコロンビアで参入準備を進めています。
Pie Systems JapanはPie Systemsの100%子会社で、2020年1月に設立されました。その後国税庁より「承認送信事業者」(免税手続を電子化する際に、免税店に代わって国税庁へ購入記録情報を送信する事業者)に認定され、免税手続の電子化事業に正式に参入しました。
日本の観光政策と免税販売の電子化
ーーなぜ今、免税販売手続を電子化しなければいけないのでしょうか?水野氏:端的にいえば、10月1日以降、紙書類による免税販売手続ができなくなるからです。しかし、その背景には日本政府の段階的な観光戦略があります。
今はコロナ禍であまり聞くことがないですが、この10年ほどは中国人観光客の「爆買い」やインバウンド消費の拡大などがあり、観光地として日本は注目を集めるようになりました。日本政府が成長戦略の柱の一つとして観光業の拡大に励むようになったからです。
ビザ発給の緩和、観光客向けの無料Wi-fiの整備、キャッシュレス決済の振興など、記憶にある人も多いかもしれません。免税店も増え、2021年3月31日現在、全国の免税店数は54,722店に上ります。
日本政府は2020年、2030年と、訪日外国人客数と訪日外国人旅行消費額の目標を設定しています。2020年はコロナ禍の影響で、目標を達成できていません。 2030年目標である「訪日外国人客数6000万人」と「訪日外国人旅行消費額15兆円」に関しては、昨年の政策会議より発表された「観光ビジョン実現プログラム2020」において、新型コロナ感染の収束を見極めた上でインバウンドの回復を図り観光立国を目指すことが改めて確認されています。
これまでの紙ベースの手続きでは 免税販売手続の負担が店舗側にも消費者側にも大きくなってしまいます。そこで、手続きを電子化しましょうという話になったのです。
有名百貨店などの体力のある企業であれば、免税販売の電子化システムを内製することも可能かもしれませんが、個人経営の店舗などではそうもいきません。そこで、Pie Systemsのような、免税手続を電子化し、店に代わって国税庁へ購入記録情報を送信する事業者である「承認送信事業者」が必要になったのです。
電子化で免税販売はどう変わる?
ーー「免税販売手続を電子化する」とは、つまりどういうことなのでしょうか?水野氏:「これまでの紙ベースでの手続き」と「単純に電子化した場合の手続き」と「アプリを使って電子化した場合の手続き」を比較してご説明しましょう。
これまでの紙ベースでの手続きでは、まず購入客がパスポートを提示します。店舗側はレジで免税の処理を行います。店舗によっては「免税処理専用」のレジを持っていたり、レジに「免税処理用ボタン」がついていたりします。つまり、「免税販売のレジのオペレーション」は「通常のお買い物のレジのオペレーションとは異なる」ということです。
次に店舗は免税購入記録票という書類を作成します。これには、旅行者の氏名などの個人情報、いつからいつまで日本に滞在するかといった旅行情報、購入アイテムは何で、金額はいくらか、などが記載されます。
その後、店舗から購入客に「必要事項説明」が行われます。これも店舗側に義務付けられたプロセスの1つです。内容としては、「免税販売というのは特例なので、購入品を必ず国外へ持ち出してください」「購入品を日本にいる間に消費してはいけません」「購入品を日本国内で転売してはいけません」などといったものです。
この次に「『必要事項説明』を理解しました。該当事項を行いません」という宣誓書を購入客に書いてもらいます。店舗は購入品を梱包し、免税購入記録票の原本を店舗に残し、免税購入記録票をパスポート内または上陸許可証に貼付し「輸免」の割印をし、 購入客に渡します。店舗は誓約書の原本を7年間保管します。購入客は免税購入記録票と購入品を持って税関を通って帰国します。
では、これを単純に電子化した場合にはどうなるのか。先ほどと同様、まずは購入客がパスポートを提示します。店舗はレジで免税手続処理をします。そこから免税電子化ツールを立ち上げ、このツールの専用機器でパスポートの写真やビザなどをスキャンします。この種のツールにはOCRも入っているので、スキャンした情報はツールの中に文字情報として入力されます。そして、購入品の情報を入力します。それから店舗から購入客への必要事項説明が行われ、店舗から免税レシートが発行されます。
これは紙ベースの処理に比べればかなり楽です。ただ、これは言ってしまえば「これまで紙に書いていたことをパソコンに打ち込んだだけ」です。購入客からしたら、また別の店舗で免税購入をする場合、これと全く同じ手続をしないといけません。自分の個人情報や旅行情報など、旅行期間中に変わらないであろう情報を毎回提示しなければなりません。店側は楽になりますが旅行者はこれまで通りの手間に変化がありません。
それなら、購入客も店舗も楽になる「ワークフローそのものの改革」を実現し、DXを行ったほうが良いと思いませんか? そこで当社が採用するのが「アプリを使った電子化」です。
このアプローチでは、購入客には自分に関する情報をPIE VATのようなアプリの中で保持してもらい、そこに店舗が持つ購入品の情報を付け足すことで免税の情報を完成させます。
PIE VATの実際のプロセスとしては、購入客がパスポートを提示し、店舗は「免税販売用」ではなく「通常通り」のレジ処理を行い、PIE VATでQRコードあるいは6桁のコードを発行します。購入客は店舗が発行したコードを自身のPIE VATアプリで読み込みます。次に店舗は通常通りレシートを発行し渡し、購入客はそのレシートをアプリにアップロードします。ここでは、コードの読み取りは店舗の特定、レシートのアップロードが購入品の特定の役割を果たします。こうして購入客は購入品を受け取ることができます。
この方法では、購入客は自分のPIE VATアプリの中に個人情報と旅行情報を入力しているので、また別の店で免税購入をする際、店舗のコードの読み取りとレシートのアップロードをするだけで購入手続きが済みます。
購入客はお買い物時に税金還付のリクエストをPIE VATを通して行います。このとき、必要事項説明の内容が表示されます。購入客は内容を確認した上で「読みました」というところにチェックを入れます。PIE VATは、アプリのユーザーの設定で表示言語が変わるので、必要事項説明もユーザーが読みやすい言語で表示されることになります。税金還付申請がPIE VATによって承認されれば、アプリの中に税金が還付されます。
「免税販売手続の電子化」というのは、こうした内容を指します。
免税手続の電子化対策は実際に進んでいるのか
ーー紙による免税販売手続が行えるのは9月30日までです。店舗側の準備は間に合っているのでしょうか?水野氏:当社も知りたいところです(笑)。しかし、当社がお話しした2割弱くらいの店舗を持つ事業者さんは「今コロナで海外のお客さんもいないから、すぐに免税手続きの電子化はしなくていいかな」とおっしゃっています。
10月1日以降、電子化していない場合、たとえ免税販売の許可を得ている店舗であっても免税販売ができなくなります。ではそれが大きな機会損失になるかというと、そうとも言い切れません。免税販売ができなくても、消費税をつけた状態で商品を販売することはできますし、それくらいなら払っても構わないという旅行者もいるからです。そういった背景もあり、電子化の駆け込み需要自体はあるものの、当初予測していたほどの勢いは今のところありません。やはりコロナ禍の影響で今日一日のことで手一杯の事業者さんもいるんだと思います。
大手の事業者さんに関しては、半分が電子化対応済み、もう半分が「コロナ禍だし、しばらく外国人観光客は戻ってこないから、今やらなくていいだろう」という温度感ですね。
電子化が始まるまで、免税販売手続は紙ベースで大変でした。つまり、自分の店舗を免税店にして運用するハードルが高かった。ですが、アプリを使って電子化すれば、手続の手間も省けます。店舗もビジネスの幅を広げられます。これをきっかけに免税店が増えるかもしれませんし、そうなって欲しいと思います。
コロナ禍で大変な思いをしている事業者さんもいらっしゃるかと思いますが、外国人観光客が少ない今だからこそ、免税販売に参入したり、手続きを電子化することを検討していただきたいですね。
(文・佐藤友理)