そんな危機にいち早く解決策を打ち出したのが、コミュニティ型ファンクラブサービス「Fanicon(ファニコン)」などを運営するTHECOO株式会社だ。同社は2020年3月に「#ライブを止めるな!」プロジェクトを立ち上げ、オンラインライブ配信サービス「Fanistream(ファニストリーム)」を開始するなど、コロナ禍早期からアーティストの支援に取り組んでいる。
今回は同社代表の平良真人氏に取材を行い、ウィズコロナを生き抜くためのアーティストのあり方や、今後音楽ビジネスが目指すべき方向性について話を聞いてきた。
「第3の音楽体験」としてのオンラインライブ
ーー現在、コロナ禍でライブやイベントが中止になるなど、音楽業界は大きな打撃を受けています。この状況を平良さんはどう感じているのでしょうか。平良:僕はどちらかというと、この状況を前向きに捉えようとしています。
いつも引き合いに出すのですが、今はリモートワークが当たり前になっているじゃないですか。もちろんまだまだ課題はありますが、移動時間の削減などの働き方改革が自然と進んだ、という良い側面もあると感じていて。
同じようにテクノロジーをうまく使って現状をポジティブに変えていく、という姿勢は音楽業界でもすごく大事なんじゃないかなと思っています。
ーー御社が今行っているオンラインライブ配信サービス「Fanistream」や、「スタジオグリーンバード」の跡地にオープンされるオンラインライブ配信専用スタジオも、テクノロジーを使った新しい取り組みの一環ということでしょうか。
平良:そうですね。音楽の配信ライブに限っていうと、インターネットならではの楽しみをまだみんな見つけられていないというか。可能性は感じているけど何をすべきかは見えていない、という状況なんじゃないかと思っていて。
弊社もそれを今模索している状態なんですよね。「どうすべきか」というものが明確に見えているわけではなくて、それを見つけるために、現在新しい取り組みを行っています。
ーーオンラインライブには「リアルのライブにはかなわない」などの声もあり、課題も出てきていますよね。
平良:オンラインライブとリアルのライブを比較したときに、前者が勝るということはないと思います。一方で、ブルーレイやDVDのような映像作品に近づけようとしても、それも近づかない。
そうすると、オンラインライブは「第3の音楽体験」なんじゃないかと考えていて。つまり、レコードからカセットに、カセットからCDに、という「メディア」の変化ではなく、「体験」の変化なのかなと。
ーー「体験」の変化、ですか?
平良:リアルのライブであれば、ライブ会場で友達と待ち合わせして、グッズを買って、ライブが終わってからどこかでご飯を食べるという一連の体験がありますよね。ブルーレイやDVDのライブにも、何日に予約して買って、家でじっくり観る、という体験がある。
一方で、オンラインライブには、そういった一連のルーティンはまだないと思っているんです。オンラインライブを観る前に、友達と待ち合わせして、同じTシャツ着て、っていうのはやらないじゃないですか。
様々なサービスと連携できる双方向性やすぐにアクセスできる手軽さなど、オンラインだからこそできる「体験」がありますよね。その部分を活用することが、オンラインライブ特有の価値提供に繋がるのではないかなと考えています。
音楽業界は本当に低迷しているのか
ーーコロナが流行する以前から、音楽業界の低迷が囁かれていましたが、その問題についてはどう思いますか?平良:弊社でもその話題がよく上がっていたのですが、以前からそういう表現にはすごく違和感を覚えていたんですよ。
というのも、3年前、Faniconを開発するにあたって大型音楽フェスに行ったんですね。そしたら若い人がわんさかいて、Tシャツを買うために並んでいて。その光景を見て「あれっ?」と驚いたんです。「みんな音楽めちゃくちゃ好きだな」と。
都心から離れた場所に何万人も集まって楽しそうにしている様子を見た時に、「音楽業界、全然低迷してないな」と感じたんですよね。
音楽業界が落ち込んでいると言われているのは、CDが売れなくなったことで全体的な収益が減少傾向にあり、ライブ以外での収益の柱ができていないから。あくまで市場規模や経済的な側面での話だと思います。
ーー音楽への情熱は失われていないと。
平良:きっと、みんな音楽にお金を払う気持ちはあるんじゃないでしょうか。サブスクやYouTubeなどのデジタルメディアは、CDに比べて収益率が低い。さらにコロナ禍によってライブという熱量を投資する手段が1つ減り、熱量をお金に変える方法がさらに少なくなったことで市場規模が縮小しているんだと思います。
ただ、ライブの他にも、この熱量をお金に変える方法がこれから何か見つかるかも、という期待は持っていますね。
ーーなるほど。つまりこれからは、ファンの「熱量」をビジネスに還元する手段を作ることが求められるということでしょうか。
平良:そうですね。今後はファンの「深さ」を取りにいくというやり方が重要になっていくのかなと思います。
アーティストはこれまで、より多くの人に自分たちの音楽を聴いてもらおうとして行動していました。が、これからは、一人のファンに何回も聴いてもらおうとする姿勢が求められるのかなと。
サブスクのデイリーランキングでは、ある特定のアーティストが、複数曲ランキングの上位を占める傾向がありますよね。それは、多くの人が聴いているというよりも、ある人が1つの曲からそのアーティストを好きになって、そこから過去作品を含めた色んな曲を何回も聴いているから起きた現象だと思うんですよ。
今までは好きなアーティストのCDを何回聴いても、枚数を買わなければ売上として表面化されなかった。それがサブスクやYouTubeになってから、曲単位の再生回数がデータとして見られるようになりました。なので、ファンの「深さ」、つまり「エンゲージメント」を高める、そしてその部分をきちっとマネタイズしていくというやり方が今後主流になっていくんだろうなと思います。
ーー音楽を聴く媒体が手に取れる商品だったときはファンの母数が重要視されていましたが、今は一人あたりの「深さ」が重要だと。
平良:今は単純に音楽を聴くという例で表現しましたが、コンテンツ以外の部分を含め、総合的にファン一人ひとりのエンゲージメントを高める施策を考えるというか。
これは全然やらないと思いますけど、ファンの名前が入った歌詞の曲をファン一人ひとりに作ったら、それだけで結構売上が変わってくると思うんですよ。やんないですよ、効率悪いから(笑)。
ただ、そのファンの名前が入ったCDを売り出せば、きっと複数枚買う人がいますよね。サブスクのみの配信であれば、再生回数が多くても数円しか売上が発生しない。しかし、CDで販売すれば単価が上がり、その分収益も増えるという。つまり、体験を含めてどれだけファンにマインドシェアを取るか。それが多ければ多いほどお金に変わるはずだと考えています。
ーー今後アーティストにとって、「ファンサービス」のような活動がキーになっていくということでしょうか。
平良:マインドシェアをとるというやり方は、ファンビジネスをやるうえでは当たり前になっていくんじゃないかなと思いますね。ただ、必ずしも先ほど挙げたような方法でやればいいというわけではなく、アーティストそれぞれのイメージや戦略によって、手段はたくさんあると思います。
要は、アーティストはファンベースが少ないうちから、ファンの数を増やすと同時に、より一人あたりのエンゲージメントを高める手段を考える。そして、業界全体でそのエンゲージメントをしっかりお金に変える仕組みをつくる。
それが、これからの時代における音楽ビジネスの形になるのではと考えています。弊社でも「Fanicon」や「Fanistream」などのサービスを通して、そのための環境づくりを進めていきたいですね。
(文・筒井なぎさ)