内2機種の「iPhone 12」と「iPhone 12 Pro」は、23日にアップル自身のオンラインストアや、大手3キャリアから発売される。「iPhone 12 mini」「iPhone 12 Pro Max」は11月13日に登場する予定だ。4機種とも、5Gに対応。チップセットは処理能力を競合より50%高めたというA14 Bionicを搭載する。
5Gの対応では他社に後れをとってしまったアップルだが、得意とする垂直統合のモノ作りを生かし一気に巻き返しを図る。単に端末が5Gに対応しただけでなく、OSやミドルウェアといった各レイヤーを一貫して作り込めるのが、アップルの強みだ。こうした開発体制を生かし、5Gの対応周波数はスマホ最多になった。世界各国で異なる周波数を、少ないバリエーションでカバーでき、そのぶんコスト効率化にもつながる。
同じ標準モデル同士を比べると、iPhone 11からiPhone 12では、1万円強の値上げになっている一方で、新たにコンパクトサイズのiPhone 12 miniを設けてiPhone 11と同価格に設定することで、割高感も払しょく。ミドルレンジ上位のAndroidに近い価格帯を打ち出すことができた。これなら、ハイエンドモデルの売れ行きが鈍っている日本市場でも、販売を伸ばすことができそうだ。
通信機能の作り込みは、ユーザーのメリットにもつながっている。5Gの通信速度が必要ないときに、自動でネットワークを4Gに切り替える「スマートデータモード」を搭載。5Gは消費電力がどうしても大きくなりがちだが、本来必要ない場面で4Gに落とすことで、無駄なバッテリーの消費を減らすことができる。また、5G接続時のみ自動でFaceTimeや動画再生を高画質化する機能にも対応した。5Gへの作り込みで差別化しようというのが、アップルの戦略と言えるだろう。
とは言え、アップルはあくまで端末を供給しているだけだ。ユーザーが実際に接続するのは、それぞれのキャリアの運用するネットワーク。こことの相性が悪ければ、十分なパフォーマンスを発揮できない。そこでアップルは、100を超える世界中のキャリアと協力。日本では、ドコモ、KDDI、ソフトバンクと密接に連携し、それぞれのネットワークへの最適化を図った。
その一例として、米国版のiPhone 12シリーズは6GHz以下の周波数帯となる「Sub-6」だけでなく、30GHz帯前後の「ミリ波」にも対応する。ミリ波は、周波数が高く、帯域幅を広く取れるため、通信速度が非常に高いのが特徴だが、障害物に弱く、人体に当たっただけでも大きく減衰してしまう。そのため、スマホのようなコンパクトな端末に実装するのは、難易度が高い。
ところがアップルは、本体サイズの大きなiPhone 12 Pro Maxだけでなく、標準サイズのiPhone 12、12 Pro、さらには小型版のiPhone 12 miniまでもをミリ波に対応させた。米国では、最大手キャリアのVerizonがミリ波を中心にエリア展開しているため、販売を伸ばすうえで対応は欠かせない。こうしたキャリアの要求するスペックを、きっちり満たしてきたのがiPhone 12シリーズの隠れた特徴と言える。
逆にキャリア側も、5Gを普及させる起爆剤としてiPhone 12シリーズに期待を寄せる。KDDIは、「au 5Gエクスペリエンス」を導入。5G接続時に、契約しているプランが「データMAX 5G」などの容量無制限プランの場合、自動で上記の高画質化モードに設定が切り替わる仕組みを導入した。発売当初はFaceTimeなど、アップル自身のサービスのみだが、KDDIによると、アップルがAPIを公開しているため、サードパーティの対応も可能だという。
実際、KDDIはテレビ朝日と共同で運営する「TELASA」や、運動通信社と共同で運営する「SPORTS BULL」などを、このau 5Gエクスペリエンスに対応させる。4Gからの周波数転用で5Gエリアを広げた場合、速度には大きな差がつかない一方で、iPhoneであれば画質は向上する。スループットではなく、ユーザー体験としての画質を訴求して、5Gのメリットを訴えていくというわけだ。
端末のバリエーションを広げ、キャリアとも従来以上に密接な連携したアップル。発表会に、米キャリア・VerizonのCEOを務めるハンス・ベストベリ氏をゲストに招き、自社のネットワークをアピールさせたのもその表れと言える。キャリアのCEOがアップルのイベントに登壇するのは異例のことで、5Gの立ち上げ期ならではの動きと言えそうだ。
(文・石野純也)