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Start Up 株式会社イノカの「サンゴ人工産卵実験」は、世の中を、私たちの価値観をどう変えるか……

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株式会社イノカの「サンゴ人工産卵実験」は、世の中を、私たちの価値観をどう変えるか……

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東京大学発のベンチャー企業である株式会社イノカは先日、IoT技術を活用した完全閉鎖環境内の実験で、サンゴの人工抱卵を実現させた。今年8月から実証実験を再始動し、産卵時期をコントロールした人工産卵の成功を目指していくという。

今回は代表の高倉葉太氏にメールインタビューを行い、同社がサンゴの人工産卵に取り組む理由、そしてその先に見る未来について話を聞いた。

サンゴ礁が失われることの恐ろしさ

ーー御社の取り組みについて伺う前に、まずはサンゴの重要性について簡単に教えていただけませんか。

高倉:サンゴには巨大なポテンシャルが秘められています。

サンゴ礁は海洋面積全体のわずか0.2%しかありませんが、そこには地球上の水生生物の約25%にあたる9万種の水生生物が生息しているんです。

サンゴ礁でしか取れない漁獲物も多く、世界人口の約2割、80以上の国における数え切れない地域社会が、収入と食料をサンゴ礁に依存していると言われています。

また、環境保護の観点でも重要な役割を担っています。大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素を海洋に固定するブルーカーボン生態系としても注目されており、温室効果ガスの抑制効果も指摘されています。

その他にもサンゴ礁はさまざまな役割を果たしており、経済的な価値として、全世界のサンゴ礁をあわせて推定8,000億ドル、つまり約86兆円の資本価値があると言われているんです。

ーーでは御社がそのサンゴの人工産卵に取り組むのはなぜでしょうか。

高倉:僕たちがサンゴの人工産卵に取り組んでいるのは、この「人類の宝」であるサンゴを守るためです。

人工産卵が可能になれば、サンゴを守るための研究が大幅に前進します。自然界における産卵は、年に1回だけ。しかし、人工でいつでも産卵を実現できるようになると、サンゴを何世代にもわたって研究調査を行うモデル生物として扱えるようになります。

サンゴを絶滅から守るためにはどうすればいいのか……。仮にサンゴ礁がなくなってしまったとして、地上にサンゴを移送することは可能なのか……。人工産卵が実現すれば、サンゴを守るための知見が、大きく明かされていくでしょう。

ーー近年、サンゴ減少のニュースはたびたびメディアでも取り上げられおり、先日起きたモーリシャスの座礁事故でもサンゴに影響があると言われています。このような現状についてどのようにお考えですか。

高倉:先月起こったモーリシャスの座礁事故は、直接的なサンゴ礁へのダメージ、そしてそれがもたらす人間への影響も甚大であり、あらゆる方法で生態系の保全と回復に取り組んでいくべきです。

しかし、国連が発表しているように、20年後には海水温が最低でも1.5℃上昇します。他にも酸性化や海洋汚染の影響で、20年後にはサンゴの9割が死滅し、2100年までにはほぼ全滅すると言われています。世界的に見て、サンゴ礁はずっと、非常に危うい状態にあるのです。

サンゴ礁が失われると、直接的な経済的損失が大きいのはもちろん、今後起きていくはずのイノベーションも失われます。海中の二酸化炭素の濃度が上昇し、サンゴ礁の外で暮らす水生生物への悪影響も発生するでしょう。綺麗な海と砂浜でのバカンスも、二度とできなくなってしまいます。

イノカは、100年先も人類と地球がきちんと共生できる社会をつくりたいと考えています。そのためには、あらゆる問題に網羅的に、迅速に、そして継続的に取り組んでいかなければなりません。

今回の事故のニュースでも、一過性の話題で終わることなく、継続して世の中のサンゴ礁に対する意識を高めていくことが必要だと考えていますし、そのためにイノカとしてできることは何か考え続けたいと思います。

生態系再現の次は、理想環境の構築

ーーサンゴ礁を保護、あるいは復活させるためには何が必要なのでしょうか。

高倉:生態系の理解と再現の質を上げていくことが必要だと考えています。

いま、生態系をある程度再現できるところまではできるようになってきました。先日のサンゴの産卵実験は、「東京でも沖縄に近い環境をつくれる」ということのわかりやすいメタファーだったと思っています。

次の段階で考えているのが、より生態系を深く理解し、再現性を上げていくことです。

生態系への理解を進めるためには解析技術が必要です。具体的には、「マルチオミックス」というDNAやRNA、タンパク質、代謝物質などを測定し、様々な解析を行う研究分野があるのですが、それを応用できないか試みています。

生態系を測定する上では、どういった微生物がいるかという生物学的要素が最も重要になるので、まずそこを重点的に行っています。生物学的な要素の測定は今までアクアリウム業界でも行われていなかった部分なので、法人であるイノカだからこそ率先して取り組んでいきたいです。

そして、今あるものをつくれるようになれば、次は「拡張性」、つまり今ないものもつくれるようになる。その先にあるのが、「閉鎖拡張生態系」、すなわち理想環境での生態系の再現です。

閉鎖拡張生態系の構築が可能になれば、いま破壊が進んでいる海洋環境を直接治療できるようになるかもしれません。

まずは海に仕切りを入れて、海に「閉鎖系」をつくってしまう。その中で理想環境や拡張性を構築し、その後、外洋と閉鎖拡張生態系を少しずつ循環させ、徐々に適応させていきます。最後は仕切りがなくても、機械の存在によって生態系が成り立つ状態をつくれるではないかと考えています。

ーー生態系をつくるにあたって障害となるのはどのような部分でしょうか。

高倉:生態系をつくるのが難しい理由は、物理、化学、生物的なパラメータが非常に繊細なバランスで成り立っているためです。サンゴ礁は生態系の中でも非常に複雑性が高いので、特に再現が難しいんです。

構造的な理由としては、人工環境下での人工産卵は、多くの研究者にとっては費用対効果が悪い、ということもあります。研究者の目的は、分析結果を得て、論文を書くこと。予算も潤沢とはいえないなかで、サンゴの飼育そのものにお金や労力をかけている余裕はありません。

そもそも、沖縄の海でも研究はできるなかで、人工環境を構築しようとするモチベーションは生まれにくいのだとも思います。

一方で、サンゴの飼育そのものに命を懸けている人たちもいます。アマチュアの水生生物マニア、すなわち「アクアリスト」です。砂の敷き方、機械の設定、水流の起こし方……アクアリストたちは、熱帯魚にとって住みよい環境を実現するための知見を膨大に持っています。

このアクアリストの知見を活かせば、沖縄の海よりも研究に適した環境が構築できるかもしれないーー。これまで接点がなかった、研究者とアクアリストをつなぐ。そのためにスタートしたのが、人工産卵実験です。

「アクアリスト」という単語はあまり馴染みがないかもしれませんが、日本には金魚飼育の文化もあり、250万人のアクアリストがいると言われています。その中で、難易度が高いサンゴを飼育している人も1万人ほどいます。中には弊社ChiefAquariumOfficerの増田のように様々な機材を駆使して、水族館でもなし得ないようなサンゴ礁の再現に成功している人もいる。ですが、そういった人の技術はいわゆる職人芸のようなもので、体系化や理論化はまだできていないのが実情です。

イノカでは、そこをテクノロジーを使って再現性を高めていくことに挑戦しています。その思いを形にするために、具体的にはカメラや機械学習、AI技術を駆使し、アクアリストの職人芸を誰もがどこでも再現できるよう科学的・物理的・生物学的に体系づけてシステム化しています。

最終的にはAIにデータを加えていくことによって、任意の海の環境を任意の場所に切り取る「環境移送技術」につなげていきたいと思っています。

テクノロジーで「人vs自然」の二項対立を変える

ーー御社では生態系の価値を「ひろめる」「いかす」「のこす」という3つの事業領域をお持ちですが、「いかす」というのは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。また、なぜそれが必要なのでしょうか

高倉:「いかす」事業では、企業や研究機関と協力しながら、「自然の価値を人類の発展に活用していく」ことを目指しています。

環境移送技術が確立し、学術的・科学的な研究が加速すると、さらに地球への理解が深まります。それらの研究成果は、ゆくゆくは地球の健康診断のための技術を確立することに繋がっていくでしょう。また、医療技術の発展をはじめとしたイノベーションに繋がると考えています。

様々な生き物から、様々なイノベーションが生まれています。例えば、クラゲから見つかった緑色に光るタンパク質は、「蛍光タンパク質」と呼ばれていて、ガン治療やロケット、服、自動運転にも活用されています。

生き物が持っている未知の構造や技術が、もしかしたら建築にも化粧品にも応用できるかもしれない。つまり、生態系や生きもののことがより解明できるようになればなるほど、様々な分野に応用することも可能になるのです。

そうすることで、結果的に生態系の価値を人間にも、そして地球にも還元していくことができます。そうして価値が社会に還元される中で、人がもっと自然の価値を理解するようになり、最終的には全人類が主体的に自然に向き合えるように、社会自体を変えていきたいと考えています。

ーーでは最後に、テクノロジーを活用してつくりたい世界について教えてください。

高倉:「人と自然の共通言語」をつくりたいと考えています。今までは、自然と人間、地球と人間という話になった時に、二項対立が前提でした。故に、自然を守りたい人たちは、怒りや「そうあるべきだ」というアプローチをする人が多かった。

もちろんそれも非常に大事なアプローチですが、一方で「地球温暖化のためだと言っても、クーラー使うのはやめられないし……」という人がたくさんいると思うんです。だから、僕たちはその中間をいくようにしたいと考えています。

これまで環境破壊が問題となっていたのは、そうして「対話」する術がなく、人が自然を一方的に搾取していたから。イノカでは、テクノロジーの力で自然をきちんと表現するための記述体系をつくり、「人vs自然」の二項対立を超えていきます。

そのために、まずは生態系の理解と再現を行う「環境移送技術」の開発と社会実装に全力で取り組んでいきます。並行して、そこから発見された生態系の価値を、教育やイノベーションの形で社会に還元していき、社会全体の生き物に対する価値観を変えていく。

その全てが実現されてはじめて、100年先も人類と地球が共生できる世界が、本当に実現されると考えています。

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