そのような状況において、デジタル・ガバメント構築を民間の立場から促進する企業がある。株式会社TRUSTDOCKだ。
同社は、日本で唯一のRegTech・SupTechのAPI商社として、KYCや本人確認のAPIを企業向けに提供。また、デジタル身分証アプリ「TRUSTDOCK」も手がけており、今後、実証実験も開始する予定となっている。
現状の日本における「本人確認」の課題とは何か、そしてそれを解決するための同社の取り組みとはーー。同社代表の千葉孝浩氏にインタビューを行った。
最近よく聞く「本人確認」とはそもそも何なのか?
ーー最近ニュースなどで「本人確認」という言葉をよく耳にするようになりましたが、どうもざっくりとしたイメージでしか理解できていません。「本人確認」とは一体何なのでしょうか?千葉:そもそも「本人確認」というのは「当人認証」と「身元確認」に分けられます。
たとえば今、私たちはWeb会議サービスを利用してお話ししていますが、サービスのアカウント作成時にIDを取得してパスワードを設定しますよね。そしてこれを知っている人だけがログインできるから、「ログインしている人はサービスに登録した人だ」ということになります。これが当人認証です。
ただ、ユーザーの居住地や名前といったデータは、IDやパスワードからではわかりません。こうしたデータの確認を行うのが身元確認。
この2つをあわせたものが本人確認です。本人確認の難しいところは、身元を確認するだけでは不十分で、「なりすましかどうか」の当人認証も行う必要があるという点です。また、その確認手段が今の世の中に少ないことが課題になっています。
ーー御社はその難しい本人確認をデジタルでサポートしているということですね。
千葉:そうです。そもそも現在のアナログ社会でも、本人確認には難しさがあります。人によって持っている身分証が違う上、何か手続きを行うときに証明が必要な項目や属性情報がバラバラで。結局、身分証が1枚では足りないから、住民票も一緒に出す必要があるなどの問題がありました。
そして、これがデジタル化すると、状況はさらに複雑になります。身分証を提出する側には、インターネット経由で写真をアップロードするというような手間が発生します。そして、受領する側も、個人情報の取り扱いに苦労してしまう。双方が辛さを抱える状態となってしまっています。
ですから、それに対する解決策を数多くつくりたいというのが私たちのビジョンです。
マッチングサービスにおける課題解決を目指す中で、規制産業の多さに気づく
ー-事業として、本人確認に着目したきっかけについて伺えますか。千葉:私たちは、ガイアックスからスピンアウトした会社です。ガイアックスでは、マッチングサービスなどのようなツー・サイド・プラットフォーム事業に携わっていました。
特にCtoCのような信用や信頼がない状態で個人同士が取引するプラットフォームを手がける中で、信頼性を担保する本人確認の必要性を強く感じたことがきっかけですね。
ーー具体的にはどういうことでしょうか。
千葉:たとえば掃除代行サービスで考えてみましょう。清掃業者に掃除を頼んだ場合、企業や事務所が信頼性を担保してくれます。ですので、自分の部屋に来た担当者を信用できる。
ところが、C2Cのマッチングサービスになると、まったく面識がなく、何の後ろ盾もない人が来るわけですよね。これでは、掃除を安心して任せられなくなってしまいます。もちろん、掃除を行う側も不安です。見ず知らずの人の家に行くわけですから。
その場合、プラットフォームを提供する企業が身分証などを確認して、「本人確認済」のようなチェックを付与してくれたほうが、双方にとっては安心ですよね。
ーーおっしゃる通りだと思います。
千葉:そのように、本人確認があるべきだと思われる手続きや取り引きがオンライン上で増えてきたので、それに対して利便性のあるソリューションを提供したい、というのが出発点になりました。
ーーなるほど。そのような思いでスタートされた取り組みが、今の御社の姿にどうつながっていったのでしょうか。
千葉:取り組みを進める中で、金融事業者からの問い合わせを受けることが多くなって。特に着目していない業界だったんですが、深堀りしてみたら非常にペインフルな課題があったんです。法律の規制が多くて、これは大変だと感じましたね。
また、そもそも金融業界に限らず、見渡せば規制産業は多くあります。さまざまな法律によって、事細かにルールが決められているような手続きや取り引きがある。それならば、「デジタル上で、本人であることを担保する」という領域に着目し、難易度が高いものも含めて「本人確認」をすべて取り扱おうと思いました。
それにはまず、私たちが本人確認をきちんと行える第三者機関になる必要があると考え、覚悟を決めてスピンアウトした形です。
ーー確固たる信念を持ってスピンアウトされたわけですね。改正などで変更が多い点が法律の難しさだと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。
千葉:おっしゃる通り、さまざまな法改正が絶えず行われる世界です。特に本人確認の分野は、昨今のデジタル・ガバメントの流れにおいて重要な部分ということもあり、関連する法律や規制も目まぐるしく変わっています。
新型コロナウイルスの影響を受けて、その傾向がさらに加速している印象を受けます。もともとは数年かけてじっくり取り組もうとしていたデジタル化の計画が、数カ月くらいの急ピッチで進めなくちゃというような話が多くなっています。
ですから、数年後には私たちが提供しているソリューションが大きく変わるかもしれません。身分証と顔を撮影するeKYC手法がなくなってしまう可能性もあります。
手法は所詮、方法論なので、私達もひとつの手法にこだわらず、KYCの専門機関として、あらゆるHOWを提供していくスタンスです。
個人が個人情報をコントロールできる社会を
ーー御社は企業向けのサービスだけでなく、個人利用を想定したデジタル身分証アプリも手がけていますが、こういったアプリを開発する目的を教えていただけますか。千葉:私たちのサービスにおける「KYC」という言葉は「Know Your Customer」の略語で、「顧客確認」を意味します。
つまり私たちは企業側のエージェントとしてKYCをビジネスにしているのですが、根幹にあるのは「デジタル上で、本人であることを担保したい」ということなんです。ですから、企業に対する支援を行う一方で、「私が私であること」を代弁してあげられる第三者機関として、個人に寄り添うエージェントでもありたいと思っています。
ーー企業だけでなく、個人にも寄り添いたい理由は何でしょうか。
千葉:個人情報は、個人側がコントロールできるものでなければならないと思っているからです。
たとえばタバコやお酒を購入するときには、年齢を証明する必要があります。年齢証明するためには、身分証を見せますよね。でも、身分証には生年月日以外の情報も載っていますから、不必要な情報まで見られてしまうリスクがある。
ーー普段あまり意識をしていませんでしたが、言われてみればそうですね。
千葉:本来であれば、「20歳以上かどうか」だけを証明すればいいんです。ただし、それだけを証明する手段は現時点でほとんどありません。ですから、手続きや取り引きに対して、必要な情報だけがセキュアに受け渡されるようなインターフェイスや流通網の必要性を感じています。
でも、それを実現するのは企業側だけに寄り添っていると難しくて。企業側だけが本人確認をデジタル化しても難しいので、個人のユーザーが個人情報をコントロールできるダッシュボードを提供したいと思っています。
ーーユーザーが企業に提供する情報を取捨選択できる、というようなイメージですか?
千葉:そうです。必要な情報を必要なタイミングで、必要なサイズだけ渡すことができれば理想的です。そうなれば、さまざまな個人情報が全て載っている身分証を提出する必要もなくなりますよね。
ーー身分証をデジタル化することに対して、セキュリティ上の懸念もあると思っていましたが、逆なんですね。
千葉:自分の個人情報をむやみに提供したくないと誰もが思っているはずなので、身分証のデジタル化とそのダッシュボードはそれに対する有効なソリューションになると思います。
今の世界では、自分の個人情報がどのように扱われているかということを、多くの人が把握できていません。たとえば身分証画像をWeb上にアップロードした際、その後の流れを意識することはあまりありませんよね。
デジタル情報は企業側が収集しやすい構造になっているので、個人側に対しても「情報を守るための手段」を提供したいと考えています。
繰り返しになりますが、私たちはクライアント企業の利益だけではなく、社会的な便益を考えると、ユーザー側に個人情報を制御するダッシュボードも提供したほうが良いと思い、身分証アプリを配布する取り組みを続けています。
ーーありがとうございます。社会に貢献すべく、地道な努力を重ねているということですね。
千葉:はい。私たちは、現行の法律に合わせて、社会にとって最適なプロダクトやサービスをつくるということを信条としています。
一足飛びに「こうなったら良いな」という理想のSFの世界を思い描くのは、誰にでもできます。ただ、その世界に行くまでの道のりは非常に険しくて。それにはどのような道を歩めば良いかを考えて、少しずつでも理想の世界に近づくために、地道に汗を流してプロダクトやサービスづくりに取り組んでいます。今後も企業側とユーザー側、どちらにも誠実にビジネスを行っていきたいですね。
千葉孝浩(ちば・たかひろ)
株式会社TRUSTDOCK代表取締役。公的個人認証とeKYCに両対応したデジタル身分証アプリと、法律準拠した各種KYCのAPI基盤を提供する、RegTech/SupTechサービスを展開。経産省の「オンラインサービスにおける身元確認に関する研究会」の委員など、KYC・デジタルアイデンティティ分野での活動多数。