その日本法人となるApp Annie Japan 株式会社はこれまで、モバイルアプリが持つビジネス的な価値を国内の企業に向けて伝え続けてきた。
同社が発表した「モバイル市場年鑑」によると、2019年のアプリダウンロード数は全世界で2040億件に到達。日本においては、スマートフォンの利用時間とアプリへの課金が大きく増加している。
コロナ禍の影響でさらに成長を続けているモバイルアプリは、いまや企業にとって無視できない存在となりつつあるようだ。
そんな状況の中、App Annie Japan カントリーマネージャーの向井俊介氏は、今のモバイルアプリ業界における日本企業の立ち位置に危惧の念を抱いているというーー。
今回は同氏にインタビューを行い、今のモバイルアプリ業界の状況や国産アプリの良い事例などを踏まえながら、これからの時代に必要なアプリ開発の考え方について話を伺った。
「荒野行動」や「TikTok」が知名度を高めている現状
--まずは、日本における“国産アプリ”の状況について教えていただけますか?向井:はい。今でこそ海外アプリに圧されている状況ですが、たとえば2014〜16年頃の日本のゲームアプリは世界的に見ても質が高く、かなり多くの収益を得ていました。
これが崩れたのが2018年。ネットイースによる「荒野行動」が日本国内における収益ランキングで初めてトップ5に入ったんです。
ことゲームアプリ業界に関して言えば、最近の中国企業による開発のクオリティは、日本を上回っているという印象ですね。
--ゲームアプリ以外でも、中国企業の勢力は強いのでしょうか。
向井:先ほど「荒野行動」の話をしましたが、同じような時期にバイトダンスによる「TikTok(ティックトック)」も盛り上がりをみせました。
このサービスのコンセプト自体は目新しいものではありませんでしたが、運用方法に優れているという特徴があります。
具体例として、「TikTok」が流行っているさまざまな国においてユーザーが一斉に接続しても耐えられるようなサーバー運用などが挙げられます。
加えて、ユーザーに対して最適なコンテンツを提案する「レコメンドエンジン」も非常に優秀です。これにより、アプリ滞在時間の延長や広告価値の上昇を実現しているんです。
--確かに、「荒野行動」や「TikTok」は、日本のユーザー間での知名度も非常に高いように思います。
向井:そうですね。もちろんこれらのアプリに限った話ではありませんが、最近になって頭角を現してきたのが中国の企業で、その開発力はどんどん強大なものになっています。
日本の企業は、外の勢力から自分たちの顧客を守るための策を講じる必要があるんです。
貴重な「データ」が海外に流出してしまっている
--海外発のアプリが日本で力を強めると、金銭的な損失に加えてデータなどの流出も深刻なものになるのでしょうか。向井:その通りです。「Facebook」や「Netflix」のように、私たちが日頃使っているサービスの多くは、外資系の企業が提供しています。
その企業が提供しているアプリをユーザーが使えば使うほど、行動ログ(アクティビティログ)はすべて海外に流れてしまうんです。
--もう少し具体的な例を教えていただけますか。
向井:最近業績を伸ばしている、フードデリバリーサービスの「Uber Eats(ウーバーイーツ)」はいい例ですね。
アクティブユーザーやダウンロードの数が非常に多いため、飲食店側はプラットフォーム手数料を払ってでも利用します。自前で配送設備や人員を確保するのもコストや労力がかかりますから、利用価値は大きいですよね。
ところが、ここで問題なのは、ユーザーによるアプリの利用データが飲食店側に残らないということです。具体的には、「誰がいつアプリを起動して、どんなキーワードで検索した」というようなデータを飲食店は把握できない。
手元に残るのは、「この日にラーメンが1人前500円で売れました」という形のPOSデータだけ。POSデータは「何がどれだけ売れたか」ということだけしかわからず、「どんな人が買ったのか・買わなかったのか」ということを把握してマーケティングに活用するという事はできないので、飲食店にとってはデータの面で大きな損失が生まれていることになります。
便利さに乗じて目先の利益を追求することも大切ですが、もう少し長期的な目が必要だと思っています。データの獲得手段としてモバイルアプリを活用することの大切さは、私が以前から主張をしてきた部分です。
--なるほど。便利さの陰で、企業にとってなくてはならないデータが失われているというわけですね。
海外発のモバイルアプリに対抗する手はあるのか
--「Uber Eats」のように、強大な力を持つ海外発のアプリに対抗していくのは、なかなか難しそうな印象も受けます。向井:確かに、それほど簡単なことではありません。が、成功している例もあります。そのひとつが「NewsDigest(ニュースダイジェスト)」。
JX通信社によるアプリで、新型コロナウイルスが流行している状況下でアクティブユーザー数を大幅に伸ばしました。ウイルスに関する緊急速報を発信したり、感染に注意すべきエリアをユーザーの位置情報に合わせて配信したり、というような取り組みは素晴らしかったと思いますね。
--新型コロナウイルスによる情勢の変化にうまく対応できたということですね。
向井:まさしくその通りで、ユーザーが「このような機能が欲しい」と思っていることを、すぐに実装できるスピード感を持っていました。
これからの時代は、「顧客目線」に立ってユーザーの満足度を高めることが大切だと思っていますが、それをそのまま実行されたのが「NewsDigest」だと見ています。技術力に加えて、意思決定スピードにも優れていましたね。
--「顧客目線」という言葉が気になったので、それに関して詳しく教えていただけますか。
向井:アプリを成功させるために、意思決定スピードや技術力を向上させるというのは、あくまでひとつの手段に過ぎません。重要なのはその根幹にある「顧客目線」です。
企業が作りたいものを作るのでなく、ユーザーが本当に欲しがっているものを、スピード感を持って高い技術力で実現するというのが本質なんです。いわゆるユーザーエクスペリエンス(UX)やカスタマーエクスペリエンス(CX)のような部分ですね。
--そのあたりが、今の国産アプリに求められる部分ということでしょうか。
向井:おっしゃる通りで、たとえば欧米諸国や中国の企業がリリースするものと比較すると、日本のアプリサービスは成熟度が不足しています。ユーザーがアプリを開いてから、お目当ての情報に到達するまでのステップ数が多いから、ユーザーフレンドリーではないんです。
あとは、たとえばアメリカのアプリでは実装されていることが多いのですが、アプリの使い方を説明するチュートリアルのようなものが日本のアプリには少なくて、ダウンロード後の使い道がわからないユーザーを増やしてしまっています。
--そうした課題を解決するために、先ほどの「顧客目線」が必要ということですね。
向井:そうです。「顧客目線」でユーザーの立場に立って、経営レベルからUXを考えることが非常に大切です。アプリを通して、いかに先進的な技術に触れられるかということだけを重視すると、「顧客目線」は蔑ろにされがちです。
--なるほど。御社は「顧客目線」を最重要視しながら、日本企業に対するデータ提供を行っているということですか。
向井:はい。自社アプリユーザーからのフィードバックを開発や修正につなげるということは、現時点でも多くの企業が行っています。ただ、それはいわば「自分たちの顧客」を見ているにすぎません。
さらにサービスを拡大させるためには、その「外側」、つまり自社サービスを使っていないユーザーが何を求めているかという部分も大切になります。そこに目を向けていく上で、私たちのデータを使っていただくイメージです。
企業固有のデータを「ファーストパーティーデータ」と呼んでいるのですが、それに対して私たちは「サードパーティーデータプロバイダー」として、自社サービスの外側にあるユーザーデータを可視化することができます。
今後も、データ提供によって多くの企業の視野を広げ、サービスをより良くするためのお手伝いをしたいと思っています。
向井俊介(むかい・しゅんすけ)
国内 IT 企業を経て、世界最大の企業情報企業である米 Dun And Bradstreet、外資系IT リサーチ・コンサルティング企業である米 Gartner にてセールス職として様々な業種を横断的に担当し、経営者レベルとのビジネスを推進。App Annie においては、15 年以上のセールス経験の大半を情報・データ提供ビジネスに従事してきた経験を活かし、日本の新規ビジネスから既存クライアントビジネスまで広く担当。グローバルトップの業績を残す一方で、セールスプロセスの改善や仕組み作り、KPI 設計や APAC 全セールスに対するトレーニング等、幅広く活躍し、2019 年 1 月から App Annie Japan 代表に着任。
(文・早川あさひ)