一方で、これまでオンラインを主戦場としていた企業が、最近になってオフラインの実店舗を出し始めている。Appleは直営店を続々とオープンし、マットレスのEC販売で有名な米国Casperも実店舗を増加。
一体、リテール業界では何が起こっているのかーー。
今回は、店舗・売場をシェアできるプラットフォーム「SpaceEngine」を運営する、株式会社スペースエンジン代表・野口寛士氏に「リテールの今」について話を伺った。
「DtoC」のビジネスモデルが増えている背景
ーーリテール業界では「DtoC」がトレンドになっているように感じますが、なぜ今、消費者に直接販売するビジネスモデルが増えているのでしょうか?
野口:インターネットで商品を販売することが市民権を得たこと、そして商品を適切なお客さんに届ける手法が確立されたことが大きいんじゃないかと思います。
従来、商品を消費者に届けるには小売に卸して店舗の棚に並べてもらうというのが一般的でした。
でもここ6,7年で、無料でネットショップを始めることができる「BASE」や「STORES.jp」が登場し、「Yahoo!ショッピング」も出店手数料が無料に。資金さえクラウドファンディングサービスで集められるようになりました。
ブランドや資金力のある大企業じゃなくても、自分たちのオリジナル商品を販売することができるようになったんです。そしてその商品・ブランドをインターネットで適切なお客さんに届けることができる。
ーー確かに、個人やスタートアップ企業からすれば、いきなり大手スーパーや百貨店の棚に置いてもらうのはハードルが高すぎますもんね。
野口:そうですね。そういう企業の戦い方としては、オンラインで仮説検証して、ファンを集めてからオフラインの棚を狙っていく、というのが今後主流になるんじゃないかと。
ーーでは、すでにオフラインの店舗で販売している大手のメーカーが、DtoCのオリジナルブランド商品を作るのはどのような背景があるのでしょうか?
野口:大手メーカーがDtoCモデルを採用する理由のひとつには、「BtoCモデルの崩壊」があると思います。
メーカーは、以前まで販売代理店などを全国に持っていましたが、近年は百貨店やスーパーなどの小売店に商品を卸して販売していますよね。
ここではメーカー間で棚の獲得合戦が行われていましたが、最近は小売側もプライベートブランド(PB)という商品を販売し始めたんです。
すると、小売側は棚のコントロールができるので、メーカーの商品よりも、自分たちのPB商品を良い棚に置くことができます。売れるとわかった商品をPBで作り、販売する……これができるのが小売の強みであり、イニシアチブを握っている理由なんですよね。
アメリカではこういったことがかなり前から起こっていて、大型スーパーの「Target(ターゲット)」や「Walmart(ウォルマート)」ではPB商品のラインナップ数がかなり多くなっています。
ーー日本でもコンビニではPB商品がかなり多くなってきましたよね。
野口:そうですね。そういった流れのなかで、メーカー側は小売に頼ってばかりはいられなくなります。結果として、オンラインブランドを作って直接売っちゃおう、という発想になるわけです。
ーー大手メーカー、スタートアップ、個人のクリエイターがそれぞれの理由でDtoCヘ進出しているんですね。
なぜ「オンラインからオフライン」の動きが起こっているのか
ーー御社のサービスは、オフラインの店舗とサプライヤーを繋ぐプラットフォームですよね? DtoCがトレンドになっている今、時代に逆行しているように感じるんですが……。
野口:実は今、「オンラインからオフライン」という動きが起こりはじめているんです。
少し前からオフラインの価値やその利用方法について、O2OやOMOの文脈で議論されてきましたが、その成功事例が出揃ってきたように感じます。
例えば、Appleはここ1,2年ほどで日本にも続々と直営店のApple Storeをオープンしていますし、オンラインブランドとして始まったアメリカの大手マットレスメーカーCasperもオフラインの実店舗を200店舗も出しています。
オンライン販売は非常に強力ですが、そこにオフラインを加えることでより強固になるイメージでしょうか。
ーーその流れが日本でも生まれているということですか?
野口:そうですね。これもそれぞれの立場でオフライン進出する理由は違うんですが。例えば大手メーカーでは、今オンライン上での客の取り合いが起きています。DtoCの領域でも次第に競合が増えてきて、広告単価も高くなってきているんです。
また、「EC化率」という商取引金額に対するEC市場規模の割合を示す数字があるんですが、日本のEC化率は約5%。つまり95%はオフラインでの購買なんです。まだまだオフラインでの購買が多いことがわかりますよね。
つまりDtoC、オンラインだけの販売では限界があり、ある一線を超えると、それ以上の拡大にはオフラインへの展開が必要になってくるんです。
ーーではスタートアップや地方の企業、個人のクリエイターなどはどうでしょうか。
野口:こちらもオフラインを有効活用する事例が出てきました。
例えば、クラウドファンディングの場合、その瞬間は支援者が集まってプロジェクトが成功しても、その後継続的にオンラインで購入してもらうのはなかなか難しいんです。
また、スタートアップや地方の企業では、そもそものブランド力や信用がないため、まず知ってもらう必要がありますし、オンライン上で消費者に決済してもらうハードルも高い。
ーー確かに、最近ではクラウドファンディングサービスやネットショップサービスでも実店舗を設けていますよね。
野口:そうですね。繰り返しになりますが、昨今はオンライン・オフラインの区別なく、継続的にユーザーと接点を持ち続けることが重要になってきているんです。
すべてのひとに自由なリテールを
ーー「オンラインからオフライン」という背景を受けて開発されたのが、「SpaceEngine」ということですね。
野口:そうですね。
オフラインで商品を販売することってめちゃくちゃハードルが高いんです。実際私達もSpaceEngineの実店舗を2店舗、ポップアップショップを5箇所実施しましたが、ポップアップストアでも什器や販売スタッフの手配などで、100万〜1,000万円以上のコストがかかります。
この金額感は「誰でも気軽に」利用できるわけではないと思いました。
SpaceEngineではこういった課題を解決するために、サプライヤー側が既存の店舗に依頼して、商品を陳列させてもらうことができます。場所と人を自前で用意することなく、手軽に販売、テストマーケティングを行えるようになったんです。
ーーでも、店舗側からしたら売れるかどうかわからない商品を店頭に置くのは不安じゃないですか?
野口:店舗側のリスクを少しでもなくすために、SpaceEngineでは委託販売形式で店舗に販売を依頼しています。
従来、店舗側は商品を探して、それがどれくらい売れるのかという予想をし、買い取る必要がありましたが、SpaceEngineではサプライヤーから商品を預かって販売するので、売れなかった分はお返しできます。店舗は買い取る必要がありません。
店舗側からしても、「仕入れ」と「買取」の問題を解決できるのでメリットがあるんです。
ーーまさに御社のミッション「すべてのひとに自由なリテールを」を体現されているんですね。
野口:ちなみに、「すべて」の中には店舗、サプライヤーだけでなく消費者も含んでいます。消費者にとっても自由なリテールを作りたいと思っているんです。
商品を買うまでには、「発見」「検討」「購入(決済)」「持ち帰り」の4つの要素が必要ですよね。現状では、店頭で商品を買おうと思うとこれら4つを全て店舗内で完結しなければいけない。これはスマホが普及した昨今では少し時代遅れなのではないかと思うんです。
DtoCがもっと普及してくると、必ずしも商品が店頭で売れる必要はありません。今後は、店舗に商品を置く理由が「購入」ではなく「発見」に特化されてくるんじゃないかな、と。
そしてそういうリテールを私たち自身が作っていきたいと思っています。
(文・栄藤徹平)
野口寛士(のぐち・かんじ)
1991年10月8日生まれ。大学生時代に(株)コーフェイムをシリコンバレーと大阪で設立。個人のバックグラウンド調査サービス「KEIKO」を開発・運営。2018年3月に同社代表取締役COOを退任し、2018年5月に(株)スペースエンジンを設立。