映し出されるのは、高性能マイクと4Kカメラで録音・撮影された世界中の風景。まるで本当にそこにいるかのような気分を味わうことができる。
今回は、京都にある同社オフィスにお邪魔して、現在開発中である新型「Atmoph Window 2」の魅力や、アイデアの元になった原体験、そして代表の姜京日氏が考える「未来の窓」について話を伺った。
デジタル窓「Atmoph Window」はどこまで進化するのか
ーーまずはAtmoph Windowがどのようなものか伺えますでしょうか。
姜氏:Atmoph Windowのコンセプトは、壁にかけるだけでそこが窓になり、世界中の風景を見ることができる、というものです。
現在、撮影した風景は3,000本以上、そのうち約1,000本をリリースしており、ライブストリーミング映像の配信も開始しました。また、スマートディスプレイとしての機能もあり、日付や時間、天気予報やカレンダーなどを表示できます。
そして現在は、ハード・ソフト両面をアップデートさせた「Atmoph Window 2」を開発中です。
ーー具体的にはどのようなアップデートをしているんですか?
姜氏:ポイントは3つあります。まずひとつ目は「フレーム」。
この製品は、あくまでも「窓」なので、既存のインテリアに馴染まなければいけません。Atmoph Windowだけが部屋の中で浮いてしまっていると、風景に入り込めなくなってしまうんです。
そこで「Atmoph Window 2」では、5色から選べるプラスチック製のフレームに加え、最高品質の木製フレームなどから自由に選べるようにしました。
ーー木製フレームは触り心地が最高ですね!
姜氏:ありがとうございます。日本の家具メーカー「カリモク家具」で作ってもらいました。
2つ目のポイントは「スピーカー」。「Atmoph Window」ではスピーカーが1つ入っていたんですが、これだと音が軽くなってしまい、自然界に多い重低音の再現が難しかったんです。
「Atmoph Window 2」ではスピーカーを2つにして、さらに振動スピーカーを液晶パネルの背面につけることで、画面全体から音が出ているように聞こえるようにしました。これによって滝から落ちる水の音や、崖に吹き当たる風の音もリアルに感じられるようになるんです。
そして3つ目が、「追加モジュール」。カメラやLEDライトのモジュールを付けられるようになりました。
カメラモジュールを付けてフェイストラッキングを行うことで、顔の位置が変わると中の風景の映像もずれてくるんです。
ーー覗き込めば見えていなかった風景が見える、ということですか?
姜氏:おっしゃる通りです。あくまでも映像という平面が疑似的にずれているだけなので、実際の窓と全く同じではありませんが、これまで以上に風景に入り込めることができるようになります。
将来的には、風とか香りも出したいですね。嵐の日とか大変ですけど(笑)。
未来の窓が与える「癒し」と「冒険心」
ーーお話を伺っていると、「本物の窓」に近づくことを意識されているように感じましたが……。
姜氏:そうですね、そういう一面もあります。ただ、既存の窓のような製品を作りたい訳ではないんです。
本来、窓の役割というのは、採光や通風、空調、展望などですよね。でも今はエアコンがあるから空調の役割は必要ないですし、多くのビルでは窓を締め切ってブラインドを付けているので、景色を見ることもできなくなっています。
既存の窓の機能をそのまま実現しても意味がないんですよね。
ーー確かに……。でも窓がないとそれはそれで閉塞感がありますよね。
姜氏:そうですね。人は窓があることで外との繋がりを感じて、安心感や開放感を得ることができるんだと思います。
だから僕たちは「窓」を再定義して、良いところは残し、アップデートすべきところはアップデートして、「未来の窓」を作ろうとしているんです。
ただし、機能拡充をやりすぎると、「癒し」の要素とぶつかってしまうので、そこはかなり慎重に進めています。
ーーでは、残すべき窓の役割は「癒し」ということでしょうか。
姜氏:そうなりますね。「未来の窓」の役割という意味では、人に「癒し」と「冒険心」を与えたいと思っています。
ーー冒険心ですか!?
姜氏:もともと私が「デジタル窓」を作りたいと考えたのは、留学中のストレスに対する「癒し」が欲しかったからなんです。
でもプロダクトを作ってみて、世界中の風景を見ていると、ワクワクするんですよね。世界って広いんだな……って。
実際、アンケートをとってみると、購入していただいた方の半分以上が旅行好きだということがわかったんです。きっと「今ここじゃないどこか」というのが刺激的なんだと思います。
ーー確かにAtmoph Windowを見ていると、癒しとは対照的なはずの高揚感も感じます。実際にそこに行きたくなりますね。
姜氏:僕たちも、Atmoph Windowをただの癒しのアイテムで終わらせたくなくて、そういう「新しい体験」のきっかけを作りたいんです。
将来的には旅行との橋渡しもしたいと思っています。
SF映画の世界は実現していく
ーー先ほど、Atmoph Window着想のきっかけは留学時のストレスと話されていましたが、当時は「癒し」を求めていたんでしょうか?
姜氏:そうですね(笑)。カリフォルニアに留学していたんですが、勉強漬けの毎日に気が滅入っていたんです。
そのときにデジタル窓を思いついた訳ではないんですが、そういうものがあれば癒されるだろうな、とは思っていましたね。
ーー当時、類似の製品があった訳ではないんですよね? どうしてそういう発想が生まれたのでしょうか……。
姜氏:もしかしたら過去に見たSF映画から影響を受けていたのかもしれません。昔からすごく好きでよく見ていたので。
地下空間とか100階建てのビルとかに窓があって、ポンって触るとハワイの風景になる、みたいな。『マイノリティ・リポート』とか大好きで何度も見てましたけど、あれは今の時代のエッセンスがかなり詰まってますよね。
ーー私も、最初この製品を見た時に「SF映画の世界だ」って思いました!
姜氏:昔から、SF映画に出てくるものは実際に叶えられている、とよく言われているんです。スマートフォンも自動運転も、VRやドローンも。できてないのはタイムマシンくらいじゃないですかね(笑)。
「デジタル窓」もアイデアとして持っている人は他にもいたと思います。でも、実際に私たちが求める「デジタル窓」を作れるようになったのは、5年前くらいだったんじゃないかな、と。
ーーどういうことでしょうか?
姜氏:実は数年前にも同じようなコンセプトの製品があったんですが、当時は分厚いサイネージに解像度の悪い映像を写していました。でもそれは私たちが考える「デジタル窓」ではないですよね。
4Kカメラや薄型の液晶パネルがなければ、SF映画に出てくるようなスマートディスプレイは実現できなかったんです。僕たちが「Atmoph Window」を開発したのが、ちょうどアイデアに技術が追いついたタイミングだったんだと思います。
ーーでは、本当はやりたいけど技術的にできないこともまだあるんですか?
姜氏:まだまだありますね。まずは充電ケーブルをなくしたいです。現状だとこの大きさのデバイスをワイヤレスで充電できないんですよね。
あとは、複数台繋げてパノラマで見られるようにしたいです。現状3台まで繋げることができるんですけど、もっとたくさん繋げられるようになれば、壁一面にAtmoph Windowを設置して、もっと映像の世界に入り込めると思うんですよね。そのためにはコンテンツの質が重要なので、8Kカメラでの撮影実験とかを始めています。
ちなみに、やりたいことはリストで管理しているんですが、ざっくり100個くらいあるんです。今後、ハードもソフトもどんどんアップデートして、ユーザーの方々にもっと喜んでもらえるものを作っていきたいですね。
(文・栄藤徹平)
姜京日(かん・きょうひ)
1980年東京生まれ。青山学院大学と南カリフォルニア大学修士でロボット工学を学んだのち、NHN Japanと任天堂でUI設計と開発を担う。LA留学時代に部屋の窓から隣の建物しか見えない閉塞感に気づき、10年越しの2014年にアトモフを共同創業。広い世界と部屋をつなげる伝道師。