そして今回のインタビューは、同社が2019年春から開始させた新規事業「craft.」についてだ。
「craft.」は、独自のメディアグロースプラットフォームを軸にした、メディア・広告主・ユーザーが三方良しになるサービス。メディアはユーザーの読みたいと思うコンテキストに沿った情報を届け、広告主はユーザーに好かれる広告を配信する――。
グライダーアソシエイツ上席執行役員CMOの山口氏に、事業の方向性とメディアのターミナル化戦略について話を聞いた。
嫌われない広告から好かれる広告へシフトさせる
――まず、新規事業「craft.」について、簡単に教えていただけますか。山口氏:craft. のサービスについては、メディア向けと広告主向けの2つの軸があります。
メディア向けにはレコメンドウィジェットやWeb接客、分析機能といったグロースツールを提供し、代わりに広告枠を提供してもらい、発生した収益をレベニューシェアするサービスモデルです。
一方、広告主向けは、craft. を導入しているメディアの広告枠に対して、コンテンツにマッチした広告配信ができるものとなっています。
――立ち上げた背景や想いはどのようなものだったんですか?
山口氏:グライダーアソシエイツの新たな事業という観点に加え、これまでantenna* を通じて関わってきたメディアの皆さまに、何かもっと還元していきたいと考えていました。
一方で、これまで数多くの広告主と向き合ってきた中で、アドネットワークに対するネガティブなイメージを払拭したいとも思っていたんです。
デジタル広告の業界では、「アドフラウド(不正広告)」や「ブランドセーフティ」といった課題がありますが、広告主が安心して出稿できる良質なネットワークを作りつつ、ユーザーフレンドリーな広告体験を新たに提供していきたい、良質なコンテンツを生み出すメディアの1PVの価値を少しでも高くしていきたいと思い、craft. を立ち上げるに至りました。
――craft. の考えるユーザーフレンドリーな広告とはどのようなものでしょうか。
山口氏:デジタル広告の変遷でいうと、テキスト広告の登場を経て、DSPを中心としたバナー広告が主流となりました。ただし、特にスマートフォンの領域では、「文脈に合わないバナー広告は鬱陶しい」という声がユーザーから上がり、次にネイティブ広告という、メディアのフォーマットに合わせてユーザーに自然と広告体験をさせるものが出てきました。
嫌われない広告という意味ではネイティブ広告でもいいんですが、それだけでは十分ではない。広告体験そのものをアップデートし、クリエイティブも含めてユーザーのコンテキストを捉えた「好かれる広告」を作っていかないと、デジタル広告の未来はないと思っています。
craft. が目指すメディアのターミナル化戦略とは
――好かれる広告=メディアが起点になると思うのですが、craft. の掲げる「メディアのターミナル化戦略」とはどのようなものですか?山口氏:antenna* を運営してきた弊社が「Terminal of Media」を標榜する中、craft. もそのDNAを受け継いで生まれています。
良質なメディアのコンテンツを生み続けるには、きちんとマネタイズができていないと運用できません。メディアの収益は広告以外の収益機会も増えてきていますが、デジタルメディアの広告の収益構造を見ると、多くのPVを集めるメディアがまだまだ収益を上げやすい構造になっています。
一方で、PVは少ないかもしれないが、特定のファンへ良質なコンテンツを届けているメディアも世の中にはたくさんあります。こういった良質なコンテンツを届けるメディアが、ターミナルのように集まり、良質な広告で収益化できる機会を提供するという意味で、グライダーアソシエイツが標榜するメディアのターミナル文脈に合わせてcraft. も運営しています。
――craft. に広告枠を提供するメディアは1社ずつ開拓しているんですか?
山口氏:そうですね、1社ずつ連絡をして開拓をしています。ただ、導入してもらうだけだと、高いパフォーマンスが出ないので、メディア毎にグロース担当が付いて、細かいチューニングや改善・提案を重ねていき、パフォーマンスを上げていく必要があります。
今はまだプロダクトのアップデートを繰り返し検証する期間だと思っているので、サービスを導入してもらって終わりではなく、社内リソースで向き合えるだけのメディアに絞ることで、それぞれのメディア事情に合わせた提案をしています。
メディアの担当者にとって、かゆいところに手が届くようなサービスを目指しています。
――メディアと向き合う中で、craft. の目指すビジネスの可能性はどうお考えですか?
山口氏:今後は、メディア向けに提供しているグロースツールを広告主向けにも解放しようと考えています。
広告主がcraft. に発注すると、ユーザーが今まさに読んでいるコンテンツの文脈を捉えて最適な広告を配信するコンテキストマッチ型広告と、LPやオウンドメディアでの回遊や接客機能、アンケートなどのグロースツールまでをオールインワンでサービス提供できるように設計しています。
広告主が増えれば、メディア側が満足することになり、新しいメディアも参画してくる。広告配信ができるメディアが増えれば、さらに広告主が増える。このようなサクセスサイクルを生み出していきたいですね。
くも膜下出血を発症したことで、意思決定を早くする大切さに気づけた
――山口さんが新規事業を作るにあたって心がけていることはありますか?山口氏:意思決定のスピードを早めることですね。明日までに持ち越さず、今日決める。こう思うようになったのは理由があり、2014年の9月にくも膜下出血を発症したことがきっかけです。
――くも膜下出血ですか! 随分と大変だったのでは?
山口氏:そうですね。1ヶ月ほど病院のICU室で過ごしていました。
前職で新卒採用プロジェクトの責任者をしていたときは、学生たちに「5、10年後のキャリアやビジョンについて考えよう」とよく話していたんです。ただ、この病気にかかったことで、5、10年後の未来を考える前に「明日死んでいるかも」と思うようになりました。
5、10年先を考えることも当然大事ですが、今この瞬間を大事に生きる。その積み重ねが未来につながる。ということに気づかされた経験でしたね。
――意思決定を早めるがあまり、結果的には施策がうまくいかないなんてことにならないよう、精度を高めるための工夫は何かしていますか?
山口氏:初期仮説をいかに早く検証するか。うまくいくだろうと思う仮説も、だいたいうまくいきません(笑)。仮説を立てていかに早く検証して、ピポットしていけるか。PDCAを高速に回すことが、結果として精度が高くなると思っています。
自分のアウトプットよりも成果にこだわる
山口氏:あとは、私の持論ですが「100%→1%理論」というのを意識していますね。自分自身の仕事って70~80%くらいまでの完成度は割とすぐに到達できるのではないかと思っていて、でも、そこから100%まで詰め切るのに時間がかかるんじゃないかと。
仕事は誰かしらが受け取るもの。自分では80%の完成度と思ってアウトプットしたものが、受け取り先である人にはたった1%の出来栄えと判断されるかもしれない。つまり、完成度は結局受け取り先が決めるものだと思っています。
適当に仕事を終わらせて後は相手まかせという意味ではなく、スピード感を持ってアウトプットしてきちんとフィードバックをもらうことで、クオリティの高いものが早く生まれるようになります。
自分のアウトプットにこだわるのではなく、成果にこだわる。これこそが、私の仕事をする上での大事な考え方になっていますね。
――最後に、今後の展望について教えてください。
山口氏:キーワードは「データ」と「クリエイティブ」です。デジタル広告は2000年代からユーザーを特定する技術は進化してきました。しかし、クリエイティブ観点ではユーザーがワクワクして見てみたいと思うような進化は遂げきれていないと感じています。
私たちはそこにフォーカスしていきたいんです。ユーザーに対するレコメンドの仕方や、ユーザーの心を捉えるクリエイティブの見せ方を新たに創造し、嫌われる広告から、好かれる広告体験へのアップデートを実現し、業界をリードしていきたいと考えています。
山口翔(やまぐち・しょう)
2009年神戸大学工学部を卒業後、マクロミルへ新卒入社。営業を経て、人事部にて新卒採用の全体戦略立案から実行までを担当。2015年グライダーアソシエイツへ転籍し、antenna* の広告事業を立ち上げ。広告営業、商品企画、経営戦略室長を経て、2017年よりantenna* の事業全体を統括。現在は、新規事業craft. を立ち上げ、事業責任者として事業を推進。