ファッションパートナー株式会社も、この業界に課題感を持つ企業のひとつ。同社が提供している新サービス「STYLISTE(スタイリスト)」は、プロのファッションスタイリストとのオンラインマッチングによる「パーソナルスタイリングサービス」だ。買い物に同行する「ショッピングアテンド」と、自宅のクローゼットを編集する「ワードローブエディット」の2つを提供している。
今回は同社の代表であり、現役のトップスタイリストでもある小野田史氏に、業界が持つ課題と解決の糸口について伺った。
アパレル業界が陥る負の連鎖
――まずは、これまでプロのスタイリストとしてファッション業界で活躍されていたからこそ感じる、業界の課題について伺えますでしょうか。小野田氏:「スタイリストとしての課題」については後ほどお話しするとして、業界の課題としては「需要と供給のバランスが崩れてきていること」でしょうか。
現在、日本全国で個人のクローゼットに眠っている服は30億点ほど、金額にすると7兆円近くあるといわれています。つまり、消費者側には、もう服を毎シーズン買い足して保管するほどキャパシティに余裕がなく、新しい服の購入に前向きになれないんです。
一方で、アパレル業界では、リテールによるマネタイズに頼っている企業が多く、値段を安くしたり、新しいブランドを立ち上げたりと、試行錯誤しながらも供給量は減らさない。結果として、1年間で供給される服は約40億点にも上ります。金額にすると約10兆円近い額です。
――受け入れ側は飽和状態なのに供給は止まらない……。一朝一夕では解決できない問題な気がしますね。
小野田氏:例えば、オーダーを受けてから生産するような仕組みにすれば解決できそうですが、既存のアパレル企業がその構造を採用するのは現実的にかなり厳しい。では需要供給バランスの悪化を食い止める策はないのか……。この課題感が私が事業を立ち上げたひとつの理由です。
――つまり、ファッションパートナーが提供するサービスは、この課題に取り組んでいると。
小野田氏:はい、需要と供給の間に立つサービスとして、消費者側にサスティナビリティと3Rを訴える。つまり、手持ち服を最大限活用すると同時に、無駄買いやハズレ買いをなくし、必要な物を必要なだけ買う習慣を身につけてもらう。そうすることで、供給側もこれまでの生産を見直し、売れるものを売れるだけ作るという考え方になる。少し中長期的な話ですが、まずは、そうやってアパレル業界に良いサイクルを作るのが目標です。
ただ、私たちが解決すべき課題はこれだけではありません。もうひとつ別の課題もあるんです。
スタイリストを再定義する
――別の課題というのは、冒頭におっしゃっていた「スタイリストとしての課題」でしょうか。小野田氏:そうです。ただこの辺りの説明は、まず「職業としてのスタイリスト」についてお話したほうがわかりやすいかと思います。
スタイリストと聞くと、多くの人が「自分には関係のない世界の人たち」と感じられるのではないでしょうか。確かに、映画やドラマ、ファッション雑誌や広告の衣装など、ずっと「toB」でやってきた業界なんです。しかしこれらの仕事は量として多いわけではなく、さらに有名なスタイリストやキャリアの長いスタイリストに依頼が集まる一極集中という構造になっています。
――若い人たちの新規参入が難しそうですね。
小野田氏:まさにそこが「もうひとつの課題」です。スタイリストになるための専門学校に入学した学生のうち、卒業してから2年後にスタイリスト業界で働いている人がどれくらいいると思いますか? 実は5%にも届かないんです。
スタイリストになることを諦めた人は何をしているのかというと、販売員やショップスタッフになっている……。その理由は簡単で、プロのファッションスタイリストになるための門戸の狭さと厳しいアシスタント制度にあります。ただでさえ門戸が狭い上に、運よくアシスタントになれても低賃金で過酷な労働を強いられることが少なくないからです。この業界構造は不健全だと思うんです。このままだとスタイリストを目指す人がいなくなってしまう。
――この課題をどのようにして解決するんでしょうか。
小野田氏:かっこよくいうと「スタイリストの再定義」をするんです。
これまで、「スタイリスト」になろうとすることは、いわゆる業界の「衣装担当」を目指すこととほぼ同義でした。つまりtoBとしてのスタイリストです。しかし、先ほどお伝えした通り、その参入障壁は非常に高い。
でもそれは「衣装担当」を目指すから難しいだけで、違う活躍の場があればいいのではないかと思ったんです。それが「パーソナルスタイリスト」、つまり一般の人たちに必要とされるtoCのファッションスタイリストです。
――実際、消費者側にはパーソナルスタイリストのニーズはあるのでしょうか。ファッションが好きな人であれば服を選んでもらいたいと思うのかもしれませんが……。
小野田氏:いや、実はその逆なんです。おしゃれが好きで服にこだわりのある人は、SNSやネットで自分たちの課題を解決しようと思えばできてしまいます。テストマーケティングによってわかったのですが、実際の消費者のファッションの悩みはもっと「実な部分」にあったんです。
1人に1人のスタイリストを
――「実な部分」というのはどういうことでしょう。小野田氏:そもそも「ファッション」という言葉は、マスメディアの影響からか「服飾」「流行」という意味が強いようです。しかし、多くの人が抱えているファッションの悩みというのは、言い換えてみれば「コーディネート」と「クローゼット」です。そしてこの2つは対価を払ってでも解決したい悩みなんです。
――「コーディネート」についてはわかる気がします。日々の服選びに時間はかけたくないけど、ダサいと思われたくはない。コストパフォーマンス良く組み合わせも増やしたい、と。しかし、「クローゼット」の悩みというのはどういうことでしょうか。
小野田氏:これはほとんどの方が気づいていないことなんですが、自分の服のコーディネートがうまくいっていない理由はクローゼットにあるんです。プロのスタイリストたちはそのことをよく知っています。ここを編集しないことには、コーディネートが良くならないことを。
もちろん、ただ着ていない服を捨てて断捨離すればいいというわけではなく、必要なもの、必要でないものをセグメントして、あるものはアップサイクルし、あるものはセカンドマーケットに流してリユースする。そして、クローゼットにどんな服があって、どんな服が足りないかを見極めた上で、コーディネートを最大限に提案するんです。
――まさに、クローゼットに眠っている30億点もの洋服を編集するというわけですね。
小野田氏:「コーディネート」と「クローゼット」の悩みは表裏一体であり、私たちスタイリストだからこそ解決できる悩みだと思っています。
これまではこのような悩みを雑誌やメディアが一手に引き受けていました。しかし、ファッションの趣向がここまで多様化した今、よりパーソナライズされたサービスが必要になってきているんです。
私たちが提供しているサービスは、オンラインでプロのスタイリストを予約して、オフラインでパーソナルスタイリングを受けられるというもの。目指しているのは、ヘアスタイリスト、まさに「美容師」のような、生活に必要とされる価値の創出なんです。
みなさん担当の美容師っていますよね。1カ月から2カ月くらいの間隔でずっと通い続けます。中には、髪を伸ばすならどうすればいいか、良いシャンプーはないか、などの相談をしている人もいるでしょう。つまりそれは、パーソナライズされた髪の相談役になっているんだと思うんです。
――なるほど。つまりスタイリストも洋服に関する相談役になると。
小野田氏:おっしゃる通りです。それは、売り手と買い手の間で常に第三者の立ち位置でファッション業界にいる私たちだからこそ開拓できるビジネスフィールドであり、多くの人が求めていることでもあると感じます。
「スタイリストの民主化」がかなえば、1人に1人のスタイリストという新たな生活文化が定着し、個人のファッションの課題もスタイリスト業界が抱える課題も解決することができますし、時代に即したエコシステムも生まれると思います。
そのための最適なプラットフォームを作るのが私たちの目標です。
小野田史(おのだ・ひとし)
ブランディングスタイリスト®/ファッションパートナー株式会社 代表取締役
映像・グラフィックの宣伝広告、国内外のファッション誌、著名人のスタイリングを行うほか、ファッション関連のディレクションやコンサルティング、およびパーソナルスタイリング事業「STYLISTE(スタイリスト)」を手がける。